あの空の向こうへ

□あの空の向こうへ 2
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日本人として生まれながら、あれ以来、日本に来るのは初めてだった。
日本は醤油の匂いがすると聞いた事があるけれど何の匂いもしなかったし、忍者も舞妓も見当たらない。
私と同じ色の髪、同じ色の瞳の人達はたくさんいるけれど。

「お前、日本人の中でもやっぱ整ってる方だったんだな」
「珍しく褒めてくれてるようで」
「一人でウロウロした事ねぇんだから、はぐれんなよ」

ユーリはちょくちょく私を子ども扱いする。7つも歳が離れているのに。
私は彼に色んな事を相談できるし、年下ゆえに肩肘張らない気楽な関係だ。
言葉遣いも態度も乱暴だけど、なんだかんだ人懐っこくて、優しくて、垣間見せる笑顔が可愛い。


長谷津、というところについて、さあここからが問題だと思った。
ユーリがSNSを見ながらぶつぶつ歩いている後ろを、ふらふらとついて行く。
電話が鳴って、その相手がヤコフで、どうも怒られてるらしいところを見ると、周囲には日本に来る事を伝えていないのだと知った。
ユーリらしいなぁと笑った。
「練習は大丈夫なの?」
「そもそもヴィクトルがいなきゃ話にならねぇんだよ」
「ねぇ、約束ってなんなの?」
「・・・」
ユーリは一瞬言葉を選ぶように黙ってから、
「俺のシニアデビューで、振付してもらうんだよ」
と苛立ったように答えた。
「そんな大切な約束すっぽかして、何してるんだか」
「そうだろ。あんな下手くそな日本人、ヴィクトルがコーチになったところで下手くそは下手くそだ」
「ユーリは天才だもんね」
「ナマエ、お前わかってんじゃねぇか」

それから、ユーリがトラの顔が大きくプリントされている服に目を輝かせたのを皮切りに、しばしのショッピングを楽しんだ。
会いたくてたまらなかったヴィクトルが近くにいる。このまま会いに行っていいのだろうか。迷惑じゃないのだろうか。彼はロシアに、私の元に帰って来てくれるのだろうか。
次第に色濃く襲ってくる不安から逃れる為に、私は時間稼ぎをしている。それを察しているユーリが励ますように大きく笑う。
「ユーリがいて良かった」
何気なく発した一言に、ユーリは耳をほんのり染めて「当たり前だろ」とそっぽを向いた。


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