あの空の向こうへ

□あの空の向こうへ 1
2ページ/3ページ



20年前。私の両親は、当時2歳の私を連れて新婚旅行に訪れたこの地で、事故に巻き込まれ亡くなった。何も覚えていないから寂しいなんて思った事はない。
事故後、日本に親戚のない私は、何がどうなったらそうなるのか経緯はよくわからないけれど、そのままロシアの孤児院で育てられる事になった。
そして12年前、孤児院の院長の親友だというヤコフの好意で、私たち孤児院の子ども達はスケート選手達が練習するリンクに招かれ、私は運命の彼と出会ったのだ。
銀色の長い髪をなびかせてリンクを舞うヴィクトルの姿に、私は一瞬で心を奪われた。
他の子ども達がはしゃぎながら滑っている間、私は微動だにせず彼を凝視していた。
息を切らしながらリンクを降りた少年は、私を見つけるや否や迷う事なく私に声をかけた。

「綺麗な黒髪だね。君、日本人?」
「う、うん・・・」
「滑らないの?」
「あんまり、得意じゃないから・・・」
「教えてあげるよ。行こう」

無邪気に私の手をとって、既に妖艶なヴィクトルは楽しそうにリンクに戻る。
私は決してスケートが苦手なわけじゃなかった。ただ彼が美しく舞うのを見ていたかっただけなのだけど。

「上手だね」
「あ、ありがとう」
「名前は?」
「ナマエ。ミョウジ、ナマエ・・・」
「ナマエちゃんか」


その日以来、私はヴィクトルニキフォロフの大ファンを公言してきた。
院長とヤコフが親友だからとは言え、ヴィクトルに会える事はなかったけれど。
だけどヤコフが忙しい合間を縫って度々遊びに来てくれていて、私はヤコフに懐きヴィクトルの話をたくさん聞かせてもらっていた。

2年前。バイト先の同僚の男の子が、私がヴィクトルのファンだと知ってグランプリシリーズのチケットを持ってデートに誘ってくれた。
飛び上がる程喜んだ私に、きっと彼はなんらかの勘違いをしたに違いない。
ヴィクトルが氷上で舞っている最中にも、彼は私の髪が綺麗だとか笑顔が魅力的だとか延々愛を囁いてくれていたけれど、私はヴィクトルのスケートに感動のあまり隣に誰かがいた事すら忘れてしまっていた。

大会が終わり、もちろんの事優勝を決めたヴィクトルにうっとりしながら、私達は会場を後にした。
その時、黄色い歓声が耳をつく。驚いて振り返った私の目にヴィクトルニキフォロフが走ってくるのが見えた。

目を疑った。

「ナマエ!」

耳を疑った。

「君、ナマエちゃんだろ?何も変わってないね、綺麗にはなったけど!」

ヴィクトルは息を切らしながら微笑んだ。
嬉しさで体が震えた。恥ずかしくて言葉が出なかった。
周囲の声が聞こえない。頭が真っ白になって、なぜだかわからないけれど涙がこぼれた。
あの時一緒にいた男の子はどんな顔をしていたのだろう。一人でその場から去ったんだっけ?一緒にサインをもらったんだっけ?覚えてないや。

それから連絡先を交換して、すぐにヴィクトルが食事に誘ってくれるようになって、なんだかんだ再会してから半年というスピードで、私達は同棲を始めた。


次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ