novel
□のるかそるか 9
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包装されたままの筆を、くるりと回す、すうっとしたその指を見ているうち、わたしの頭に大野さんが忘れ物をして行った時の映像が流れ始めた。
後ろ姿がゆっくりと雑踏に紛れていく映像である。
“あぁ、見えなくなった”
と思っていたら、目の前の筆が動きを止めた。
「あぁ、あのときの…ウェイトレスさん」
大野さんは一度浅くうなづき、それから深くうなずいた。
「あのときの…」
繰り返す。
「そうです、あの時の」
わたしもうなずいた。
彼の目が微笑していった。
ふわりと温められたような微笑みだったが、瞳の奥は解凍されてなかった。
無表情なのである。