novel
□のるかそるか 12
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バイト先の喫茶店で同僚だった、山野エリは、十月末に同棲していた彼と別れた。
エリの彼氏は、エリいわく“毎日働かず、ちゃんと給料を持って来ず、イラッとした時に、そのへんにあるものを投げたりする”点を除けば、そう悪い男ではなかったらしい。
その三つが難点だったとしているところに、エリの如何ともしがたい“ゆるさ”がある、とわたしは見ている。
アパートを出たエリは、その足で、わたしの元にやってきた。
「泊まってく?」
と訊いたら、にわかに明るい表情になり
「うん!」
と返事をした。
布団は一組しかなかったから、一緒に寝ることにした。
灯りを消したら、果物みたいな良い匂いが濃くなった。
香水などつけなくても、エリは良い匂いがするのである。
あの日、大野さんに「お」をさせた、あの匂いである。
「新しいアパートが見つかるまで、ここにいてもいい?」
エリがくぐもった声で言い、
「……いいよ」
とわたしは答えた。