novel

□のるかそるか 12
1ページ/3ページ



バイト先の喫茶店で同僚だった、山野エリは、十月末に同棲していた彼と別れた。


エリの彼氏は、エリいわく“毎日働かず、ちゃんと給料を持って来ず、イラッとした時に、そのへんにあるものを投げたりする”点を除けば、そう悪い男ではなかったらしい。


その三つが難点だったとしているところに、エリの如何ともしがたい“ゆるさ”がある、とわたしは見ている。


アパートを出たエリは、その足で、わたしの元にやってきた。


「泊まってく?」


と訊いたら、にわかに明るい表情になり


「うん!」


と返事をした。


布団は一組しかなかったから、一緒に寝ることにした。


灯りを消したら、果物みたいな良い匂いが濃くなった。


香水などつけなくても、エリは良い匂いがするのである。


あの日、大野さんに「お」をさせた、あの匂いである。


「新しいアパートが見つかるまで、ここにいてもいい?」


エリがくぐもった声で言い、


「……いいよ」


とわたしは答えた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ