書物

□募る恋心
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---桜の木で泣いていた男の子放っておけば儚く今にも壊れてしまいそうだった...あの時私は既に惹かれていたのかも知れない---
ある晴れた日私はいつもの様に掃除や洗濯物に追われていた。
優「皆さん毎日の鍛錬でこんなになるほど頑張られているんだなぁ…」
何度も何度も手直しされ中には洗っていても薄れるだけで落ちる事の無い汚れが付着した殿方の袴を干しながらポツリと呟く。

慣れた手つきで洗濯物を干していると幸村様や他の殿方とは違う袴を手に取った私は動きを止めた。

優「あ...」(この袴は才蔵さんの....)
この袴の人物を思い浮かべ私の頬は紅く染まっていった。

---霧隠才蔵。忍である彼はいつも飄々としいつの間にか姿を消しふらっとまた姿を見せる..掴み所が無く私が知るのは団子好きで意地悪..だけど私に危険が迫れば必ず助けてくれる---

彼の優しさに私はいつの間にか彼に叶うことの無い恋心を抱いていた。

未だに彼の袴を握りしめ頬を赤らめている姿をあの人に見られているとも知らずに....
※彼目線

朝から洗濯物を慣れた手つきで熟(こな)す女を俺は屋根の上から眺めていた。

最近俺の前をウロウロするその女の事は毒味役として男装をした彼女を見た時から十五年前桜の木の下で出会った団子少女だと一目で気付いた。

あの時に食べた団子も美味かったが今もあの頃から変わらず..いや、あの頃より腕を上げさらに美味くなった団子が俺と優の唯一の繋ぎ。

いつも素っ気なく振る舞う俺にも陽だまりの様な笑顔を携え俺の冷えきった心を溶かす。

(..らしくないね)
気付けば視界に入れている事に気付き自嘲気味に笑う。

ふとまだ洗濯物を干している彼女に目を向けると何故か頬を赤らめている姿が見える。

(誰の袴を見てあんな顔してるの。)突如自分の中に重く渦巻く黒い感情がある事に気づく。

「...なにしてんだか。」

彼女が他の男に笑顔を振り撒いたりする姿を見ても面白く感じない。
自分だけに見せて欲しい。

優に対して抱いている感情を俺は知っている。

しかし忍である俺にこの感情の答えを彼女に告げる事はしない。溢れ出しそうな恋心に蓋をし俺は洗濯物の前で固まる優に団子を強請るべく屋根から降り立った。

この後蓋をした想いが溢れる事には気づかずに...
どのくらいの刻が過ぎただろうか。私は未だに愛しい彼の袴を握り締める事を止められずにいた。
すると
「なにしてんの。」
背後から突如投げかけられた低く呆れた様な声に私は背中をビクリとさせた。

聞き間違う事など無い愛しい人の声に私は振り向いた。
優「さ、才蔵さん...」

振り向いた私を他所に才蔵さんは私の手元に視線を釘付けにした。

「そんなに握り締められたら皺になるんだけど。」
その声に私は慌てて頭を下げた。

優「あ..す、すみません、すぐに干しますので..!」
顔に熱が集中するのを感じながら私は皺を伸ばし才蔵さんの袴を干した。

優「すいません、すぐにお団子お持ちしますので…」
まだ才蔵に視線を浴びせられながら彼の好物の名を出す。

しかし才蔵から声は掛からず不思議に思い振り向こうとすると背中に温かい何かを感じた。

優「...!」
あまりに突然の事で頭がついて行かない。身動きを取れない私に頭上から酷く優しい声が掛かる。

「....お前さんなんで俺の袴なんて握り締めてそんなに赤くなってるの。」

背後から抱き締められる様にされて振り向く事も許されない私は答える言葉を探した。

(好きだと言えばどんな反応をするだろうか..きっと困らせるよね...)私が今にも溢れそうな感情を必死で隠そうとした。その時思いもよらない言葉が掛けられた。

「ねぇ、お前さん誰にでもそんな顔みせるの?...やめな。俺だけに見せてよ。」

優「...それって...」
才蔵の言葉を理解出来ず無理矢理顔を向けると柔らかく温かい唇が重なった。

優「...んっ..」
触れ合うだけの口付けの後正面から抱き締められ耳元でさらに甘くずっと欲していた言葉が聞こえた。

「...お前さんが好きだよ。お前さんだって俺が好きなんでしょ。..俺の物になりな。異論は認めないから。」

彼らしい告白に私は堪えていた涙が溢れた。

優「..っふ..さ、才蔵さん..っ、好きです..っ、」
泣きじゃくりながら告げた私に才蔵さんは優しく微笑みながら泣き止むまで抱き締め続けてくれた...。





---後日何故あの場にいなかった才蔵さんの袴を握り締めて赤らめていた事を知っているかを聞くと
「屋根からお前さんを見てたから。他の男の袴だったら許さなかったけどね。」とあの後作った団子を頬張りながらにっこりと笑って答えてくれた。


~終~
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