□虫除け完全対策
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放課後が始まる音が鳴り響くと同時に、友人にまた明日と告げながら何かに追われるように教室をでた。
先陣切って来たものの帰宅部の私を遮るように運動部であろう集団が靴箱に溢れかえっていた。しかしこのまま紛れながら外に出れさえすれば。ゴールがすぐそこにある感覚のまま自分の上履きと靴を交換し、荒波にもまれながらも無事下駄箱を脱出できた。

校門まで少し距離があるものの、あの荒波はそうそう引くものではない。だからこそ帰宅部はわざと遅れて教室をでるのだ。私も友人もそして追いかけてくるあいつも、そうしていた。半ばスキップ状態で誰もいない道を歩く姿を、上からあいつが見ていたことを私は知らない。



長年片思いをしていた私は男性経験がまったくといっていいほど少ない。付き合ったことはなく、キスやその先も想像でしかしらない世界でありそのまま高校三年生を迎えて焦り出しながらも諦めていた、そんなとき、私にも春が舞い降りた。
そしてそれは想像を超える、漫画のようないまだ信じられない相手である。

東方仗助、中学時代から見続けていた想い人が振り向いてくれたのだ。

出会いは東方仗助にありがちな、不良に絡まれた女子生徒を助ける場面である。そして私は純粋な乙女であるがゆえに他の女子より勝るために外堀を(別名お母様と仲良くなって気軽にお話作戦)埋めていた時である。
恋ゆえ、しかし少しの罪悪感をもちつつ感謝の言葉を発したいのに憧れの宝石のような輝く瞳を前に私は直視したまま口をパクパクと動かすことしか出来なかった。
されど東方仗助。「怪我、ないっスか〜?」なんてニカッと後光が差さんばかりの笑顔で首をかしげる姿は惚れ直す以外なにがあるだろうか。

あぁ、思い出すだけでも素晴らしい。
そこからなんと私の顔を覚えていたみたいで、お袋が世話になってますなんて90度のお辞儀をしてみせた。もちろんまた後光スマイルと共に。
そこからえんやこら、見事私の作戦は大成功を遂げて家族公認の幸せカップルになったのだが


「名無しちゃん先輩」


だ が 。
侮るなかれ東方仗助、彼の魅力は付き合ってもなお凄まじかった。
突然耳元で囁きながら、頭の中を支配していたあいつが、追われるように逃げた最大の理由が、ぎゅっと覆い被さるように抱きついてきた。
にげられない、颯爽とわたしの脳が白旗をあげて降参している。その間もぎゅうぎゅうと締めつけてくる、くるしい

「もう、なんでいつも逃げるんすか」
「だって」
「だってじゃありません」

母かお前は。恋人であればそんな軽口も容易いはずなのに、肩口に顔を埋めながら強く抱きしめてくる彼にわたしは心臓を口から出さないように黙ることが精一杯。

これなのだ。もともと私から軽く肩を叩くことや背中を押してボディータッチから親交を深めようとした罰なのか、付き合い出してから学校だろうと容赦なく仗助から頻繁にそして大胆にそれが起こる。
最初は恥ずかしくも受け止めていたのだがそれがいけなかったのかもしれない。バカップルと学校でうたわれてしまいそうなほどとにかく度が、すごい。

「名無しちゃん先輩、珍しいのつけてる」
肩口から頭上に移った声が私の顔を両手でとらえ、空を見上げるように軽く持ち上げた。映るすべては仗助のみだが。
珍しいの、とは何のことか考える間も無く仗助の指が私の唇に触れないようになぞった。リップのことみたいだ。
「唇、乾燥したから」
「ふーん色付き?」
「うん、でも、濃くないよ」
首が固定されているため目はそらせない。
唇を凝視する宝石はいつもよりギラギラと熱っぽくみえた。確かに普段リップをつけることはない。今まで唇に負荷をかけたことがなかったから。そう、つまり私の視界を占領しているハーフイケメン顔のぽったりとした唇にガツガツと食されているせいなのだ。
なんてことは言えないし唇が荒れたりするとちょいちょいつけていたので全面的に彼が悪いわけではない。
仗助は少し考えてニコリと笑った。
首が解放され自由になった。

「俺にもつけてほしいっす」
目を閉じてキスをねだるように手を自分の後ろにまわしてルンルンしている仗助。
あまりにも可愛い
まってほしい可愛い
つけてあげたい、しかし彼は酷なことを言っている。
「高いよ、仗助」
「…やっぱし?」
片目をあけてしたり顔。どえらい可愛い。
あんなとこにベンチありますよ、仗助が空気を察知したようにそこに居たベンチを指差した。ルンルンと口ずさみながら向かう姿はさながら彼女だが背丈や彼から溢れる色気は誰もがメロメロになる彼氏である。姿勢良く座って「いつでもどーぞ!」なんてまた目を瞑って待つ仗助。ポケットから取り出した黒いスティックタイプのリップ。開ければ気持ちのいい音が聞こえた。










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