御題

□イルミが恋だと気付いたのは
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「規約については採用当初に説明しておいた筈だよね?」

「はい、承知しておりました。」

数々の掟の元に成っているゾルディック家。
それを犯した者には当然のごとく死が待っている。

今まさに、それが執行される人物が1人、自分の前に立っている。

「こんなことに時間費やしたくないんだけど。
まぁ俺長男だからさ。
面子のこととかあるんだよね。」

膨大な数の使用人の中で、顔や名前が一致するなどあまりない自分だが、
この女の顔だけは知っていた。

ロクに仕事もできないくせに
自分が仕事で怪我を負った時、血相変えて飛んできたり、あれこれ世話をやいてきたり、
だから記憶から消えないのは無理のないことなんだとそう思っていた。

「でもまぁ、前からちょっとムカついてたからせいせいするよ。」

そう言いながら心が粟立つのは、
無駄な人材を排除できることへの喜びからだろう。

「じゃ、始めるね。」

「‥慎んでお受けいたします。」

さっさと仕事を終わらせたくて、
針を構えて急所に針を飛ばす。

「ぐっ!」
女が苦渋の声を上げる。

これで終わり。

そう思ったが、何かいまいち手応えがない。
それもその筈、急所を大いに外し、それは女の足に突き刺さっているだけだった。

「あれ、おかしいな。」
気でも緩んだのかと思い、
次はもう少し集中して針を刺す。
それでも、針は思った様には向かず、これも急所を外してしまった。

立て続けの仕事に疲れが出たか。
あまり深くは考えず
1つ、また1つと針を投げる。

だが、それらは見事に的を外し、
腕や腹部に埋まるだけだった。

「こりゃ、まいった。」
これは不思議に思うしかない。
なにが原因かと手を顎に添えて考える。

その時「あ‥。」と女が口を開けた。

すかさず首根を掴み、それを制す。

「死人に口なしってね。
まぁ、まだ死んでないけど。」

一旦考えるのはやめにして、
とりあえず目の前の仕事を片付けてしまおうと決めた。

こんな至近距離では流石に外さないだろう。

そう思い、頸動脈めがけて針を刺そうとした。

しかし、その時異変が起きた。
視界が歪み、
目の前がよく見えなくなったのだ。

「あ‥の。」
首を締めても声は出るらしく、か細くまだ何か言おうとしたいる。

「うるさい。」
そう言って顔を向けた時、自分の両目から何かが落ちた。

「なにこれ。」
得体の知れない透明な液体がポロリポロリと降ってくる。

「お前、何かした?」
顔を近づけ問う。

その女の瞳には、涙を流し茫然と立ち尽くす男が映っていた。

それで漸く自分の状況を把握した。
見ると手も、いつからなのか小刻みに震えている。

自らの異変に気づいた瞬間、
起こったことのない
いや、起こりかけては抑圧してきた感情が溢れ出してきた。

無駄な感情。そう思っても拭いきれない。

この感情の名前ぐらい、自分にだって知っている。

「お手上げだ。」
どうやら自分も、
壮大な規約違反をした様だ。


イルミが恋だと気づいたのは、
身体の一部に触れた時。


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