御題
□ヒソカが恋だと気付いたのは
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やりたいこともなく、
さして興味を惹かれるものもない。
そんな時は何も考えずにビルの屋上から下界の風景を臨んでみたりする。
次の獲物を探すでもなく、風景を楽しむわけでもなく、ただ単に下を見ているだけだ。
特別面白いことなどないが、
同じ場所、同じ時間に毎回よると、
人の動きの規則性に気づいたり、たまに諍いが起こっていたりと退屈することはない。
そう思いながら、
今日もこうして暇を持て余す。
繁華街の街頭に照らされながら、行き交う人ごみの中に、見知った人物が歩いている。
「おや。」
別に名前を知ってるわけでも交流があったわけでもない。毎度ここに来るたび必ずこの時間、
1人の女が歩いているのである。
「お仕事終わりかな?お疲れ様。」
誰も聞いていないのに、こうしてたまに声をかける。
これも暇つぶしの一環だ。
女はくたびれた表情でそれでも早い足取りで夜の街を通り過ぎていく。
「僕も帰ろう。」
いつからか、女の姿を認めてからその場を後にするのが自分の中で規則づけられていた。
気まぐれな自分が、ちゃんと同じ時間にやってきて、そうして帰っていくのがおかしくて、笑いながらビルから降りる。
次の日も、また同時刻にビルへと上がる。今日も彼女はくたびれた顔で歩くのだろうか。
「いたいた。」
やはり今日も彼女はそこにいた。
前よりも一段と、疲れ切った顔をしながら。
「今日もお疲れ。泣いちゃ嫌だよ。」
なんて声をかける。彼女に聞こえるわけなどないのに。
「‥行っちゃった。」
次の日も、また次の日もそこへ立ち寄った。何がそうさせるのか分からないが、そうしたいのだから仕方がない。
何度来たかもう分からないそこに
もたれかかり、また街を見下ろす。
「今日は何やら楽しそうだねぇ。」
彼女はいつもの表情とは違い、今日は薄く笑みをたたえている。
「よかったねぇ。」
何がいいのか分からないが、自分も乗じて嬉しくなる。
彼女の横を人が通り過ぎていき、その笑顔が見えなくなる。
「ああ、邪魔じゃないか。
せっかく彼女を見にきたのに。」
そう言ってからはたと気づく。
自分はただの暇つぶしのためここに来たのではなかったか。
何をみるでもなくそこにいるのではなかったのか。
1つ1つ思い返し、
それが自分の中で答えへとつながる。
今まで“ソレ”に気づかなかったなんて、
自分も随分ウブな男だ。
「クックック。」
自分に自分が裏切られたようで、
とてつもない快感が起こる。
既にもう、暇なんかではなかったのだ。
ヒソカが恋だと気づいたのは、
目で追いかけたのを自覚したとき。