短編

□ほんとどーしようもねぇな。
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「おいおいおいおい。こぼすこぼす。」

「あ。」

と言った時にはすでに遅く。

イルミのズボンはアイスコーヒーでびしょ濡れだった。

「あーあ‥‥。多分高いのに。大丈夫かよ。」

「ん。いや、大丈夫じゃないよ。アラシ今なんて言ったの?」

「だからぁ、好きな人つくるんだって。」

「どういう意味なのそれ。」

「だからぁ、“つくる”んだって。
あーあーあー。すいません!おしぼりくださーい!」


お前も目の前のコーヒーの海を何とかせんかい!と突っ込みつつ、ウェイトレスさんも手伝ってくれてとりあえず落ち着く。

「ふぅ。よかったよかった。至急クリーニング出せばいけるだろ。」

「よくないよ、好きな人つくるって何?」

イルミは私の顔をじっと見て詰問する。

人より黒目がデカイイルミの目。
催眠術とか得意なんじゃないかな。なんてどうでもいい事を考えながら答える。

「いや、だからさ。つくるんだって。
私もいい歳だし?結婚とかかなぁーって。
そんでほれ、イルミは幼馴染だし?ちゃんと言っとかなきゃなんないかなーってさ。」

「全然わかんない。」

「分かんなくてもいいけどさー。とりあえず報告。以上。」

だって、仕方がない。

第一ずっと待っていたのは私の方なのだ。



「一人前になるまで、待ってて。」



なんていつかのイルミが言ったこと、
もうこいつは覚えてないんだろう。

あれからもう、8年も経つ。

イルミとは家族ぐるみの古い付き合い。一緒に教育は受けたこともあるが、私は普通の人生を、イルミは立派な暗殺家になることを、選択した。

私が実家を離れ、私立の学校へ進学しようと決めたその夜。

イルミが私に会いに来て、言ったのだ。

「一人前になって、アラシを守れるようになるまで、それまで待ってて。」

まだ髪だって短かったイルミ。

私はずっと、覚えていたのに。

この8年、たまに顔を会わせるがなんの進展もないどころが、その話さえ触れない。ただ食事をして、映画を見て、話して。本当にそれだけだった。

最初は期待をしていた私も、変化のない関係にだんだん慣れていった。

職業も生き方も違いすぎる彼が、自分に対して屈託なく接してくれるということは、
とても簡単なことじゃないと知っていたから。


しかし、それはそれ、これはこれだ。
ここでいっちょ区切りをつけなければ。
そう思ったのだ。

「なに、どういうのがアラシの希望なわけ?」

「え?いや、別に希望は」

「ないの?変。」

「いや、っていうか‥」

やっぱ覚えてないんだな。
と落胆しつつ、
もう決めたには決めたんだし、と思いながら窓を見る。

「あ、あの人なんていーんじゃないかな。わりと綺麗な顔してるし!」

「すぐ死にそう。」

「あ、じゃああっちの人は?髪長くてお洒落っていうか。」

「すぐ死にそう。」

「じゃあ、あれ」

「すぐ死にそう。」

「じゃあ‥」

「すぐ死にそう。」

「‥‥‥イルミ‥お前な。人の恋愛対象になろうかという人をとやかく言うな。
お前と違って私はカタギだし。」

「だって、俺は頑丈だよ?俺はすぐ死なないし、髪は長いし、自分で言うのはあれだけど顔も綺麗だよ?こないだだって得意先のバカとキャバクラ行った時に‥」

「ストップ!終わり。なんだお前の仕事ってキャバクラとか行くのか?いや、そんなことどーでもいい。ていうかさっきからなにが言いたいんだイルミ。」

そうだ、なに言ってるんだ。
忘れてるくせに引き止めるとか、そんな馬鹿みたいなことされてたまるか。


「いや、だってさ。」

「‥なに?」

急に手持ち無沙汰にストローをいじるイルミ。

なんだろう、一見いつもの無表情だけどなにか迷ってるみたいな‥。


「あ、ほらさ、やっぱり変だなと思ってさ。つくるって言ってるのに具体的には決まってないなんてね。おかしくないかい?」

おかしくないかい?と申されましても。

さっきから何故か目を合わせようとしない。今度はずっと窓を見ている。


「?いや、まぁそうかもしれないけど、これからつくるわけだから。」

「ふむ‥」

ふむ。てあんた。柄にもなくどうしたんだ。

「じゃあさ。」
イルミはずっと窓を見つめたままだ。

「?」

長い沈黙。

ようやく彼が口を開く。





「俺なんていいんじゃない?」





「は?」

「‥ナーンチャッテネ」

いや顔引きつってるし。そしてそのポーズはなんだ。

「イルミ、
‥‥‥もしかして覚えてる?」

恐る恐る聞いてみたかったことを聞いてみる。

8年我慢して、聞けなかったこと。


「‥アラシもしかして覚えてて作るとか抜かしてたわけ?」

「‥まぁ。はい。‥‥そうですね。はい。」

「はぁー。つくづく俺もアラシも馬鹿だよね。」

‥全くだ。

「でも、何にもしてこないから私、忘れてるんだと思ってたよ。」

「俺もだよ。」

「へ?」

「一緒に教育受けてたわりにカタギになるっていうから焦って待っててって言ったけど、ホントにカタギになっちゃったし、と思ったら好きな人つくるなんていうし。」

びっくりしてコーヒーこぼしちゃったよ。
なんて無表情で言うからなんかシュールだ。


なんだ。覚えてたのか。
なんか拍子抜け。


「で、どう?一人前にはなったわけ?」


「んー。まずまずだけど、もういいかなって。」

「何が。」

「いや、アラシがこんなにこじらせてたなんて知らなかったからさ。もうもらってあげちゃおうと思って。」

「うわー。上から。腹立つぅ。」

殴るポーズをしたら腕を引っ張られておでこにキスされた。



「迎えに来たよ。待たせてごめん。」




ナーンチャッテネをまたやろうとしたから、ポーズじゃなく、今度はきちんと殴っておいた。








ほんとどーしようもねぇな。
君も私も。



「まぁ、守れるまでは強くなったから。」

安心してよと言いながら
今度は唇にキスを落とされた。






(8年待ってたってことは、アラシってまだ処‥
(やかましいわ。)

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