本棚2

□聖夜
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夜空に浮かぶ月さえも凍てつきそうな寒い夜。
アリオテスは、雪の積もった夜道を危なげない足取りで進んでいた。
寒い冬の夜道なんて、気が滅入りそうなものだが、歌を口ずさみながら歩く彼には、手にしたランプの光が歩みに合わせて揺れるのさえも楽しげに見える。
しんしんと冷え込む夜も気にならない、ぽかぽかと暖かい背中にこの上もない幸せを感じていた。

「アシュタル〜大丈夫?気分悪くない?」

背負ったアシュタルに声をかけるが、師匠でもあり、恋人でもあるアシュタルは、むにゃむにゃと意味のないことしか言ってくれない。

昔は大男だと思っていたアシュタルの背を追い越したのはいつだっただろう?
こうして、軽々と彼を背負う事が出来る日がくるなんてほんの数年前の自分には想像もつかなかった。

「全く、自分が下戸だって事、いい加減に自覚してくれよな師匠」

イレ家主催のクリスマスパーティーに招待されての帰り道。
振る舞われた酒をすすめられるままに飲んで見事に酔い潰れたアシュタル。
リヴェータは部屋を用意してくれて、泊まっていくようにすすめてくれたが、アシュタルが仕事があるからと固辞したためにアリオテスが連れて帰る事になったのだ。

「10歩も歩かないうちに、俺におんぶ〜って甘えてきてさ・・・本当可愛い!」

自分よりも年上の男に、しかも仮にも師匠に対して可愛いと言うのもおかしいかも知れないが、事実なのだから仕方がないだろう。
昔よりも華奢に見える分、色香が増したというか、可愛らしくなったと言うか・・・とにかくアシュタルは今も昔も俺にとって最愛の人だって事には変わりはない。

「・・・チビ・・・うるせぇぞ・・・」

「あっごめんアシュタル、起こした?」

最近は滅多にチビと呼ばれなくなったから、何だか新鮮だ。
昔は嫌味かと思っていたが、アシュタルなりの親愛の情をこめて呼んでいたのだと今なら分かる。
でも、親愛よりも恋情が欲しかったのも昔からだけど。

「あれ・・・欲しい・・・」

どうやらまだしっかりと目覚めてはいないらしい。
アシュタルが伸ばした手が空を掴む。
その手の先には、雪の中でも凛と咲く赤い花。

「この花が欲しいの?」

少し高い位置で咲いていたが、アリオテスにはなんなく摘む事が出来た。
背中越に花をアシュタルに手渡す。
きゅっと花を握り締め、アシュタルが嬉しそうに笑った。
ん?背負っているのに顔が見える訳ないって?俺が何年アシュタルの弟子をしてると思ってる!それくらい気配で手に取るように分かる!

「アシュタルこの花が好きなのか?」

「うん・・・クリスマスプレゼント・・・アリオテスがくれた・・・」

呂律が回っていない声は、また健やかな寝息へと変わる。
きっと今起こしても、目覚めたアシュタルは自分が何を言ったか何て覚えてないだろう。
しょせん酔っぱらいの戯言、だけど嬉しい。
今まで心を込めて贈り続けた花は、今でもアシュタルの心の中に咲き誇っている、アリオテスの真心と一緒に。

「あ〜!これ、可愛すぎだろう!」

屋敷への道のりはあと少し、自然とアリオテスの足取りは先程よりも早くなった。
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