本棚2
□惚れ薬
1ページ/1ページ
怪我をして寝ているアシュタルの様子を見るためにテントに向かっていたアリオテスは、聞いたことのない魔法使いの悲鳴と、これまた聞いたことのない黒猫の弟子を叱る声を聞いた。
何事かと駆けつけると、何やら叫びながら慌てた様子で走り去る魔法使いと黒猫の後ろ姿が見えた。
「魔法使いでも慌てる事あるんだ」
いつも沈着冷静な魔法使いが珍しいと思いながら見送ったアリオテスは、魔法使いが出てきたテントがアシュタルのテントだと気付いて顔から血の気が引いた。
魔法使いのらしくない態度・・・まさかアシュタルに何かあったのでは!
「アシュタル!」
慌てて中に入る。
「その声はチビか?」
いつもと変わらないアシュタルの声にホッとしたのもつかの間
「アシュタル・・・何してるの?」
ベットに横たわっているアシュタルの両腕は何故か縛られ、目隠しをされていた。
「とりあえずこの目隠しを外してくれないか?」
アリオテスの問いには答えずに自分の要求を口にするアシュタル。
「うん」
断る理由もないアリオテスは、素直にアシュタルに近づき言われた通りに目隠しを外す。
目隠しの下から現れたアシュタルの蒼い瞳が、眩しそうにアリオテスを見詰めると何故か小首を傾げた。
「どうしたのアシュタル?」
「う〜ん、さっき魔法使いが来てな。痛み止の薬をくれたんだが・・・どうやら間違えて惚れ薬だったらしい」
「え!」
「ウィズが、気が付いて飛んで来てな、『保管庫をキチンと整理してないからニャ!』って怒ってたよ、魔法使いも動揺して子供みたいな言い訳してたな」
クスクスと笑いながら言うアシュタル。
「(ニャって何それ目茶苦茶かわいい!)それで、どうして目隠し?」
顔がにやけないように全力でポーカーフェイスをつくるアリオテス。
「薬を飲んで初めて見た相手に惚れるらしくてな、ついでに俺が惚れた相手を襲わないように縛られた」
まだ、縛られたままの手首をアリオテスに見せる。暗にほどけと言っているのだが・・・
「!!もしかして!アシュタル!俺に惚れたって事?」
アリオテスには通じなかったようで縛られた手を握りしめられる。
「いやぁ?全然なんともないから魔法使いの薬が効かないか、惚れ薬が勘違いでやっぱり痛み止の薬だったのかもな」
アシュタルの言葉にあからさまに落胆するアリオテス。
「何で落ち込んでるんだお前は?まあいい、そういう訳だから魔法使いが解毒剤を取りに行ってるから止めて来てくれ。これ以上妙な薬を呑まされたくない」
「うん、分かった・・・」
アリオテスは、トボトボとテントを出ていった。
「・・・お前になら惚れてもいいと思ったんだがな・・・」
誰もいなくなったテントで、さっきまでアリオテスが握っていた手に一つ口づけて、寂しげに囁くアシュタル。
彼はまだ、恋を知らない。