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□うわさ
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帝国軍を率いていた皇帝グルドランを倒したことで、戦争は終りを告げた。
だが、帝国軍の残党が盗賊化し、まだまだ平和には程遠いのが現実だ、同盟軍の盟主を引き受けたリヴェータは頭が痛い事だろう。
普通の生活に戻ったアシュタル達にはその辺りの事は分からない。
だが、こういう事もある意味想定の範囲内ではあったのだが・・・

「命がおしけりゃ金を出せ!」

お決まりのセリフと共に突き付けられた剣を、アシュタルは、複雑な思いで見つめていた。
なんと言うかこう、昔の古傷を抉られると言うか、忘れていたい黒歴史が甦りそうになって思わずため息をつく。

「ため息をつくと幸せが逃げるぜ師匠」

複数の賊に囲まれているというのに、怯えもせずにからかってくるアリオテス。
まあ、ルミアだってこの程度の連中に怯えはしないが。
二人の子供を連れた非武装の男一人、少し脅せばなんとでもなると思ったのだろう、だとしたらこれは

「チビのせいだからな」

突き付けられた刃を気にもせずに、アリオテスをからかう。

「なんでだよ!」

すぐにむきになるアリオテスの反応が予想通りで思わず笑いそうになる。

「この中で武器を持っているのはお前だけだ、お前がナメられているから奴らが調子に乗って出て来たんだ」

視線で賊を指し示す。
少し苛立っているようだが、気にしない。
アシュタルなら素手でも秒殺出来る相手だ。

「セリアルと三人で旅してた時は、一度もこんな事なかった」

アシュタルの後ろからルミアがボソリという、その頃はアシュタルがまだ剣を捨ててなかった頃の話だ。
怪物ラドに喧嘩を売る無謀なものはいなかった。

「こんな奴ら俺が一人で倒してやるよ!アシュタル・ラドの一番弟子の実力を見せてやるぜ!」

アリオテスが、アシュタルの名前を口にした途端に賊達がざわめく。
「怪物ラド」の名は、ケルドの民どころか大陸にも響き渡っている。
まあ、名前だけは知られていても本人の顔までは知らないのだろう、知っていたらこんな事にはなっていない。

「小僧、あの怪物ラドの弟子なのか!」

賊の声音に混じる恐怖の感情に何故かアリオテスが得意そうに胸をはる。

「アシュタル・ラドの一番弟子とは俺の事だ!」

その言葉にあからさまに動揺が走る。

「あの怪物の弟子!大丈夫なのか!」

「あんた!この子の兄貴なんだろう!なんでそんな事を!」

「悪い事はいわねえ早く逃げたほうがいい」

口々にアリオテスを気遣う賊達に案外いい奴ららしいと他人事のように思うアシュタル。
ルミアは不満そうだが。

「怪物ラドと言えば、ヒグマのごとき大男で、血を好む残忍な男なんだろう?」

盗賊の言葉に思わずむせるアシュタル。
(ヒグマは言い過ぎだろう、確かに血の匂いを好きだとか言った時期はあったけど)

「俺は常に血塗れた年端のいかない小僧だと聞いたぞ」
(情報が古い!何年前の話だ)

「見た目は可憐な美少女だが、齢数百年の亜人じゃなかったか?人間の血を浴びることで若さを保っているとか」
(セリアルに飛び火した!俺のせいじゃないが・・・ごめんなセリアル)

「すっげえ美人だが、めちゃくちゃ気紛れで気にくわない事があると一人で傭兵団を全滅させたとか」
(美人?誰と混ざった?もしかしてミツィオラか?なんかごめんな)

噂話に尾ひれがつくのは世の常とは言え・・・

「本人を目の前にして良く言うぜ、美人は本当だけどな!」

「アリオテスお前は黙ってろ」

何故か自慢気に言うアリオテスに、賊達が浮き足だつ。

「なんだと!まさかそいつが!」

賊達の恐怖の視線がアシュタルに向けられる。

「命が惜しかったら逃げなさい。三秒待ってあげるわ」

「ルミア?」

ルミアの言葉に蜘蛛の子を散らすように逃げていく盗賊を、呆然と見送るアシュタル。

「口ほどにもない連中だぜ!」

「・・・チビお前は黙ってろ」

思わず痛む頭を抱えるアシュタル。

「無駄な争いをする時間なんてないわ、早く行きましょう」

確かにルミアの言うとおりだが・・・・複雑な気持ちになるアシュタルだった。

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