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□海よりも空よりも
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見渡す限りの青、蒼、碧。
「海だあ!俺、初めて見たぁ!」
生まれて初めて見る海にはしゃぐアリオテスを見て、呆れたようにため息をつきたしなめるアシュタル。
「アリオテス、少しは落ち着け」
今は遊びに来た訳ではないのだ、帝国の補給路を断つ為に、夜陰に紛れて船団に奇襲をかけるため、その成否は今後のケルドの命運を左右する重要な作戦だ。
そのための準備が着々と進んでいる。
子供らしいアリオテスに周囲は、微笑ましく見守っているが浮かれていては示しがつかない。
いくら子供でもアリオテスはゲ−家の当主なのだから。
「海がそんなに珍しいか?でっかい水溜まりだろうが」
アシュタルは陶芸家なんてやっているくせに情緒が足りない。
「俺、水は透明か濁ってるのしか見たことなかったから、こんなにも青い水なんて見たことない!」
「海の水も透明だぞ、ああ飲んでみようなんて思うなよ塩っぱいぞ」
「本当に?アシュタルは海に来たことあるのか?」
キラキラした瞳でアシュタルを見るアリオテス。
アシュタルは自分は初めて海を見たときどう思ったのだろうと考えてみたが思い出せなかった。
「まあな、海を渡って大陸に行ったこともある」
「大陸に?どんなところだった?」
「戦場はどこも同じだ」
何度も言うがアシュタルには情緒が足りない。
アシュタルの戦場と言う言葉に、今夜が初陣となるアリオテスは緊張で顔を強ばらせ、それを振り払うように海へと目を向ける。
青い空と青い海、境界がよくわからなくなるような青い世界。
ふと思いついてアシュタルを振り返る。
今は覆面で隠されているが、アシュタルの瞳も蒼だ。
仕方がない事とは言え、見比べられないことを惜しいと思う。
でも見えなくても分かる。
海よりも空よりも・・・
「アシュタルの方が綺麗だぜ」
「はあ?」
「あ・・・俺、みんなの手伝いに行ってくる!」
思わず口にしてしまい、怪訝そうなアシュタルを誤魔化すように走り去るアリオテス。
その後ろ姿を見送るアシュタル。
「何なんだアイツ?・・・それにしても覆面は暑いな・・・」
呟くその顔が赤かったのは、果たして暑さだけのせいだったのか、知るものはいない。