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□こわいもの
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幼い頃は暗闇が怖かった、見えない闇の中に得体の知れないものが潜んでいるようで無性に怖かった事を覚えている。
いつの頃から、恐怖の対象は父親になっていた、漠然とした闇への恐怖とは違って明確な殺意すら伴って。
その父親も戦死し、独りで生きていくために傭兵になったばかりの頃は殺し合いに恐怖を感じた、もっとも直ぐに慣れてしまたが・・・15才を過ぎる頃には恐怖を感じる事すらなくなっていた。
大人になれば怖いものなどなくなるのだろうと信じていた。



「バカ!ルミアの所へ行け!護る相手を見間違えるな!」

セリアルの言葉に心が揺れる。

「ルミアはアリオテスが護ってくれる大丈夫だ!」

半ば自分に言い聞かせるように叫ぶ。
大丈夫、アリオテスの実力は俺が一番知っている。
ルミアと自分の身を護るくらい出来るはずだ。
今、危険なのはセリアルの方だ、それに、目の前にいる敵の首魁たる女を倒せばこの戦闘はけりがつく。
一刻も早く終わらせる事が二人を護る事につながる。
そう信じて剣を振るった。



激しい戦闘が嘘のように静かな夜。
明日の作戦会議が終わり、眠っているアリオテスを起こさないように気を付けて側に近付く。
ルミアは無傷だったがアリオテスは無数の傷を負った。
命に関わるような怪我ではないが、浅くもない。まだ幼い身体に白い包帯が痛々しい。
そっと首に触れて脈を調べ、呼吸を確認しようやく安堵した。
ずっと不安だった、自分の判断は間違えていないだろうか?アリオテスの実力は分かっている、だが戦場を怖がっていた事も知っている。
しかも、相手はこちらの常識など通用しない屍だ、セリアルを他の亜人にまかせて、直ぐにも二人の側に駆けつけるべきではないのか?
何度も心が揺れた、戦場でこんなにも他の事に気をとられた事はない、目の前の敵を殺す事に集中出来ないなど・・・もしも、あの女がハクアだったら死んでいたのは俺だっただろう。

「・・・良く頑張ったな」

汗で額に張り付いた髪を払ってやりながら、ずっと見ない振りをしていた自分の気持ちに気づいてしまった。
怖かったのだ、ミツィオラのように失うかも知れないと、それは忘れたはずの恐怖心を呼び起こした。
ルミアはミツィオラに託されて、アリオテスは押しきられる形で側に置く事になったが、いつの間にか大事な存在になっていた。
失う事を恐れるほどに。
もしも二人を失ったら俺は・・・

「初めて誉めてくれたな師匠♪」

いつの間にか眼をさましていたアリオテスが小さく笑う。

「アリオテス!起きていたのか!」

下手に誉めると調子に乗るからと今まで言葉にしたことはなかった、思わず口元を押さえたが今さらだ。
覆面をしたままで良かったと思う、自分が今どんな顔をしているか見当もつかない。

「アシュタルを倒すのは俺だ、それまでは絶対に死なない!・・・だから泣くなよ」

やけに大人びた笑みを浮かべるアリオテス。

「バカ誰が泣くか!」

覆面をしているのに表情が分かる訳がない。

「説得力ないぜ、師匠」

なんだその自信?

「怪我人は大人しく寝てろ」

殴ってやろうかと思ったが、相手は怪我人だと思い直し、その場から立ち去る。
まったく生意気な弟子だ。
外に出てふと触れた覆面は随分と湿っぽくなっていた。
きっと暑かったからだ。
アリオテスの戯言ではあるまいし、俺が泣くなんてあり得ない。



「・・・アシュタル泣いてたな・・・」

覆面で顔は隠れていたがあんなに声が震えてたら分からない訳がない。

「俺がもっと大人で強かったら・・・」

強がる彼を慰めてやれただろうか?
それとも素直に泣かせてやれただろうか?
未熟な自分が不甲斐なく思う。

『俺の背中くらい守れるよな』

この戦いに赴く前、聞かれたセリフ。
実際の所は、彼を護るどころか庇われてばかりだ。

「・・・絶対にアシュタルより強くなる!」

誰よりも強くて、優しく繊細な彼を泣かせない為に。

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