歪んだ水紋
□エピソード.1
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新世界のとある海域ーーー
暗闇から覗く星と月がモビー・ディックの巨体を照らす。
“四皇”の一角、白ひげ海賊団は、物資の補給をすべく、数時間ほど前から配下の島に寄航していた。
配下の島なので海軍もおらず、白ひげ海賊団にちょっかいを出す輩もいないだろうということで、数人の見張りを残して船員達はみな、島の酒場での宴に参加している。
そんな静まり返ったモビーの甲板に、一匹の大きなカラスの姿があった。船の手摺に留まるその漆黒の足は、よく見ると三本ある。
それがこのカラスがただのカラスでないことを物語っていた。
「おっ、ここにいたのか。」
そう言いながら船内から現れた金髪リーゼントの男は、三本足のカラスに話し掛ける。
男…白ひげ海賊団四番隊隊長サッチは、カラスの隣の手摺に凭れ、口を開いた。
「…行かなくて良かったのか?あいつの事だからきっと、な……」
「いいんです。サッチ隊長こそ、折角の宴ですのに…いいんですか?」
「可愛い妹が行かねぇってんだ。行ったところで気になって楽しめやしねぇっての。」
カラスの嘴から放たれる流暢かつ丁寧な女性の声に答えながら、サッチはカラカラと笑う。
「…本音は?」
「行けば良かったって後悔してる。」
「……ですよね…」
「どうせ私なんて…」、と拗ねるような素振りを見せるカラスにサッチは「いや、そういう訳じゃ無くてだな!」、と両手を大袈裟に振って、あたふたしながら否定しようとする。
「ふふっ、冗談ですよ。」
そうカラスが言った瞬間ーー
数多もの羽根がカラス包み込み、一瞬にして艶やかな漆黒の髪と瑪瑙のような目を持つ女性に変化した。
彼女の名はサユリ。白ひげ海賊団唯一の女戦闘員であり、一応(・・)十六番隊隊長のイゾウの恋人である。
「そう愚痴愚痴言いながらも結局、甲板にいる私の元に来てくれたんですから、充分サッチ隊長は優しいですよ。」
「…改めて言われると結構恥ずかしいな……」
「本音ですから。」
くすくす、と口元に手を当てて笑みを漏らすサユリの様子に安心したサッチは、ふっと肩の力を抜くと、甲板に仰向けに寝っ転がった。
「…思ったより思い詰めてねぇみたいだな。兄ちゃん安心したぜ。」
「……そんなに酷い顔してましたか…?」
「いんや、顔には出てなかったぜ?ただ、笑顔に影があったのに気付いちまったもんでな………無理してんだろ?お前。」
「………………」
俯いて無言で返答を返さないサユリに「やっぱりな」、とサッチは苦笑する。
「…まぁ、愛想が尽きたら言いな。俺が仲介してやんよ。何なら俺の部屋にボイコットしに来てもいいぜ?」
「…考えときます。」
「おう。頭の片隅にでも入れといてくれ。…んじゃ、身体が冷える前にゃあ部屋戻れよ。」
「春島の夜風は冷てぇからな。」、と言い残して去っていくサッチを無言で見送るサユリ。
やがてその姿が見えなくなったのを確認し、手摺に腰掛けたサユリは、夜空を見上げながら小さく口を開く。
「サッチ隊長のお気遣いはありがたいですが……これは私自身が選んだ道なんです。……例え傷付いてでも、私は………」
【歪んだ情愛】
あの人の愛が欲しいからーーー
愛おしそうに呟いたそのひと言は、闇夜に紛れ、消えていった。