第一章
□月の影に
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「ただいま〜。」
「あら、おかえり。ハル。」
「お母さん、ただいま。あ、月読様は?」
「今日も居ないのよ。これで3日目ね。」
「分かった。」
(居候の割には家出するのね…。)
その時、私ははっきりではないけどいつもと違う何かを感じた。
私は気分転換に外へ出た。夏と言えども、やっぱり夕方に一人で外へ出ると寂しいし、不安な気持ちになる。そうだ、今日は七夕だったな〜なんて、そんなことを思いながら私は、戻れない程遠くへと離れていっているのも気付かず歩き続けていた。
すると、物陰で何やら蠢いていた。その影はゆっくりと私の所へ向かってきた。そして、
「ハル。」
とだけ喋った。
「月読…様?」
「そうだ。ハルはここで何をしているんだ?」
「私は、少し散歩を。月読様こそ何をなさっているのですか…?居候したと思えば、次は3日も家を留守にして…!」
「すまなかったな…。だが、いいところにハルが来てくれた。ついて来て。」
「えっ…?」
私は月読様に言われるがまま、ついて行くことに。
歩いていくうちに、そこは現実の世界とは思えないほど幻想的な空間が広がっていた。
「ここは…?」
「普通、人間は見ることが出来ない。神の領域、と言ったらいいのかな。」
「神の、領域…!」
目の前に広がる湖は、サファイアの様な深い青に輝き、その湖を囲むように若葉の草原が広がる。その草原には、見たことのない動物達が闊歩していた。
「美しい…!何て美しいんだろう!神様の世界とはこんな感じなんだ!」
「誰一人、人間をここに連れてきたことは無かった。ハルが最初で最後となるだろう。」
「どうして、私をここへ?」
「ハルの心が…知りたくて。私は人間ではなく神で、なかなか人々の心に残ることは無い。だが少しでもハルの心に私が残ることが出来るのならば、これ程嬉しいことはない。」
「月読様…それは…!」
「ハルは、月人とは幼なじみで付き合いも長い。それに比べて私は神という遠い存在で、いきなり現れた存在。戸惑わせてばかりだ。月人の方が落ち着く存在ではないか?私といては、窮屈であろう。」
「そんなことはありません!」
私がいきなり叫んだからなのか、それともはっきりとした口調で言ったからなのか、月読様はハッとした表情で、かなり驚いたようだった。
「ハル…それは本心なのか…?」
「本心に決まっているじゃありませんか!」
「ハル…ありがとう。そう言ってくれると、落ち着く。」
「良かったです。」
「なあ、ハル。私が神様だから使っているのだろうけれど、敬語は話さなくていい。堅苦しくて、もっと話していたいのに、敬語がそれを拒否しているように思えてならないのだ。」
「えっ、でも…。」
「これは神命じゃない。お願いだ。」
私は少し考えた後、しっかりと月読様を見据えて、
「分かったよ!でも流石に“月読命なんて言えないから、名前だけは月読様ね!」
「仕方がない。それでいいよ。」
その後私は月読様に付いて、神が居る世界(ここでは高天原)を歩いて回った。時折、極彩色の羽を重ねた翼を持った鳥が私の周りを飛び回り、訪れを歓迎してくれた。
それから少し経って、空間の端に辿り着いた頃、周りに飛んでいた鳥達が、急に何処かへ飛び去ってしまった。そこに現れた何かによって…。