第一章
□月の神との出逢い
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次の日も、昨日と同じ様に時間が過ぎ、同じように一日が終わっていく、そう思っていた。
だけど、今日は、少し事情が違ってた。
「なあ、ハル。満月の夜は気をつけろよ。変質者とか出るかもしれないからな。」
いつも以上に真剣な表情で私に言う月人。
今日は塾があって部活を休んだから月人と帰っていた私。いつもなら素戔嗚様やその他の神様達と帰っているが、最近、全くと言っていいほど見なくなったの。
そう言えば、私のお父さん、大国主命も家に帰ってきていなくて。
だから何かが起こったのは分かるのだけど、それの訳を聞いて、答えてくれる相手が居ない。
だけどその夜、私は、神様達が姿を消した原因を作った神様に助けられる事になる。
家が近い月人と、途中で別れて塾へと向かった。
帰る頃には、外はすっかり夜の帳が下り、闇夜が広がっていた。
地方に住んでいるからか、それには慣れているものの、その闇を優しく照らす月の光には、何度も癒されている。
ふと、不意に帰り道で月人に言われた言葉が脳裏に過ぎる。
ー満月の夜は気をつけろよ、変質者とか出るかもしれないからなー
まさかなぁ、なんて思ったけど、その矢先、背後に妙に嫌な気配を感じた。直感で不審な人物がいると何故か確信出来た。
私は気付かれないように徐々に歩くスピードを早めていった。
それに合わせて向こうも歩きを早めてくる。
その瞬間、私は気付いたら全力で走っていた。無我夢中で。向こうも必死で追いかけてくる。
徐々に距離が縮まっているのが感じられた。早い…!私は長距離を走るのは得意な方。男子にだって負けてない。なのに何で!?
「あぁ…もうダメだ…。このままじゃ…追いつかれてしまう…!」
私はひたすら前もしっかり見ずにその言葉を発しながら走り続けた。
ふと、前方に意識を集中させた時、家と家の角に何かの影が蠢いていたの。
そして、その角を通り過ぎるか否かといった時、私は何者かにその角の内側に連れ込まれた。
その後、私の後ろを付け回していた人物がその道を通り過ぎていった。
助かったと一息ついたのも束の間、今度は私を助けた存在に意識が向いた。
だけど、私が声をかける前に、その存在が私に語り掛ける様に言葉を発した。
「大丈夫か…?怪我は無いか?」
「え…?あ、わ…私はだ、大丈夫です。あの…それより貴方は誰ですか…?」
「私は、月読命だ。」
「月読命…?あ!もしかして、天照大御神様の弟君で、素戔嗚様の兄上ですよね…?」
「そうだ。あ、もしや大国主の娘か?」
「よく御存知で。」
「天津神、国津神の神々で知らぬ者は居らぬ。」
「そうなんですか。あの、腑に落ちないことが三つ…。」
「ん?何だ?しかも三つも…。」
「どうしてこの様な場所に居るんですか?どうして私を助けて下さったんですか?何故私がこの様な状況になる事を知っていたんですか?」
「順を追って説明する。故に、この場所から一旦離れよう。いずれまた、あの者がそなたを探しに戻ってくるやも。」
「分かりました。では、家に来てください。早く帰らないと父も母もさぞ心配していることでしょうし…。」
「そうか。ならばそうした方がいい。」
月読命はそう言うと、私の背後を守る様に立ち、軽く背中を押してくれた。
家に帰ると、お父さんとお母さんが心配げな表情を浮かべて待っていた。
「お父さん、お母さん。帰りが遅くなってごめんなさい!」
「いいのよ、無事に帰ってきてくれたんだから。それで十分。」
「お母さん…!」
私は感極まって、思わず母の胸に飛び込んだ。お母さんは優しく私の髪を撫でてくれた。私はそのまま、半分抱えられるようにして自分の部屋に連れていかれた。
私が落ち着くまでの間、月読命は大国主命に事の経緯を話していたみたい。気付くと、いつの間にか母の横に居て、正直驚いた。
「お母さん…。」
「もう大丈夫なの?」
「うん。」
「なら、お母さんは下に居るからね。」
「えっ?」
私は思わず声を出してしまったけど…普通、ほとんど話した事も無い人物、いや、神様の前に娘を置いていくんですか…?お母さん〜!
そう叫びそうになった矢先、
「大丈夫だよ。私は何もしないから。」
そんな声が横から飛んでくる。
「え…?」
「君に事情を説明しないと。ね?」
「は、はい。」
「その前に君の名前は、“神向ハル”で良いんだよね?」
「はい。それが私の名前です。」
「なら良かった。じゃあ、“ハル”って呼んでいい?君だけじゃ堅苦しいでしょ?」
「うん。」
「じゃあ、ハルが最初に聞いてきた質問から先に答えよう。」
態度を少し軟化させた私に対し、月読命はゆっくりと話してくれた。