D.G-SS
□君にはメロン味の幸福を
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「おかえりなさい」
部屋に戻ってきた彼に声をかけたら小さく、ああ、とだけ言葉が返った。
見慣れた端正な顔はいつも通りの無表情だが、相当疲れているらしいことが薄暗がりの中でも分かった。
ここからは聞こえないけれど、パーティーがまだ続いているのは確実で。
私は体調を理由に早々に退出してしまったから、神田は一人で、今の今まで周り中に構い倒されイライラし通しだったに違いない。
その様子が想像できて小さく笑いが零れる。
…でもどんなに嫌でも、放り出すわけにもいかないものね?
だって今日は、私たち二人の結婚式だったのだから。
ベッドに腰掛けながら何とも言えない不可思議な気分で佇む彼を見上げる。
神田は窓の方に視線をやったまま、微動だにしない。
…ああ、やっぱり。現実味なんて全然無くて、本当に変な感じだ。
『華燭の宴』、なんて。
もちろん小さな頃は憧れたものだったけれど。
否応なしに放り込まれた環境は、それを許してくれずにいつしか気持ちは磨耗していった。
その消えゆく思いが形を変えて胸を満たすようになったのは、目の前の彼が側にいたから。
憧れは夢になり、それはやがて希(ねが)いになった。
大昔、おぼろげな記憶の中にあるような豪奢な衣装や行列、たくさんの親族や爆竹はないけれど。
いつか任務の帰りに見かけた小さな村の、ささやかな結婚式の花嫁さんが浮かべていたような笑顔を、今日の自分は持てていただろうということだけは確信できる。
「神田」
呼べば、殊更ゆっくりと彼は視線をこちらに傾ける。
窓辺とベッドと、お互いの立ち位置は変わらぬままに。
さっきから開いているこの距離は、彼の戸惑いだ。
今夜から完全にこの二人部屋での寝起きになる。
兄は渋ったが、医療班の、主に女性陣がこの件については強弁に主張した。
何でも、妊婦はできる限り旦那さまと一緒にいて甘えた方が良いのだそうだ。
けれど、追い出したくなったら好きな時に追い出しなさいとも言われた。
…何だか難しい。
とにかく、気持ちが不安定になりやすい上に、我慢は厳禁という事らしかった。
「…おい」
「え?」
それ、と振り向き様に彼が目線で示したものはサイドテーブルに置かれた果物たち。
少しだけ口をつけられたその皿は、栄養があるからと、さっきジェリーが持って来てくれたものだった。
妊娠以来、私の食欲はとても流動的で、ものすごく食べる時もあれば全然入らないこともある。今日は緊張もあってか、完全に後者だった。
そのことを気にしているらしい彼は、私の説明に僅かに表情を変える。
「それなら食えたのか」
「うん、平気」
せっかくだからもう少し食べようかと立ち上がりかければ、動くなと諭される。
どうにも彼は、私がうっかりすれば砕け散るガラス細工か何かになってしまったと勘違いしているらしい。
扱いはまさしく『壊れ物』状態で、触れ方はどこまでも躊躇いがちで。
マリに散々説かれるまで、抱きしめてももらえなかったのだから相当だ。
仕方なしに相手の為の場所を空けて座りなおすと、皿を取り上げた彼は暫しの逡巡の末、同じベッドへと腰掛ける。
ほら、と差し出された果実の一切れに思わず目を見張るが、せっかくだからと甘えることにして口を開いた。
広がる芳香に温かさと不安を同時に感じて、泣きそうになる。
…不安?
そう、不安だ。
二人の事、戦いの事、何よりこの子の事。
一番怖いのは身内のはずの中央庁だった。
両親共がエクソシストの子供なんて、彼らにとったら最高に興味をそそられる実験材料だろうから。
けれども、だったら逆にこそこそせず大々的に発表してやればいいと言ったのはジジだ。
それこそ、中央庁が表立って手出しができないくらい、盛大に。
そうして急遽、今日の式にと相成ったのだけれど。
婦長以下が大急ぎで縫ってくれた衣装と、皆の笑顔と、何より側にいる彼の瞳が、私を包む。
大丈夫だろうか。
…大丈夫だよね?
こみ上げてくる涙と共に、彼が食べさせてくれた柔らかい甘味を噛み締めながら、微笑った。
君にはメロン味の幸福を
ありがとう。美味しい。
食えるんだったら、いい。
End. 2009.1.18
For [Bride and bridegroom.]
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It continues to 『After・after・after』.
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