長編SS
□first down
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一歩足を踏み出す毎に。
一つ、呼吸をする度に。
先程までの夢の場面がよぎる。
大人の『神田』の姿。
知らない女の人に向ける優しい視線。
大事そうに触れる指。
二人の絡んだ腕。
考えたくないのに頭から離れなくて泣きそうになる。
だって、あそこにいたのは、自分のよく知る幼なじみじゃなかった。
好きなものはお蕎麦と鍛錬で、大事なものは六幻なのが神田のはずなのに。
そんな彼が『恋』をするなんて想像も出来ないけど。
相手の人は神田にとって、六幻やお蕎麦よりも大好きで大事な存在になるんだろう。
…きっと、わたし…なんかよりも。
グッと息をつめて、がむしゃらに駆けていくと。
曲がり角で、同じく向こうから走ってきたらしい相手とぶつかりそうになる。
「「!」」
驚いて、慌てて足を止めた。
乱れた息でごめんなさい、と謝るより先にそれが誰か理解する。
癖のない艶やかな黒髪が舞い落ちる。
下手な女の子よりも綺麗で怜悧な面差し。
きつく思われるくらい強い意志を滲ませる瞳。
その目が、いつもの慣れた位置から少々の驚きを湛えてこちらを見ていた。