長編SS
□first down
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そこに見慣れた幼なじみは居なかった。
長く伸びきった手足。
瞳は切れ長に強い光を宿して。
頬のラインにもあどけなさは微塵もない。
神田の面影を残しているけど、神田じゃない大人の男の人。
…別人と思うにはあまりに似すぎていて、困惑に立ち尽くす。
どういう事だろうか。
確かにこの頃急に背が伸びてきて、顔も大人びて、『可愛い』よりも『綺麗』になってきたなぁとは思っていたけど。
言葉なく、瞠目するしかないこちらに、彼は一瞬だけ怪訝そうな目線を送ったのみでまた瞑想へと入ろうとする。
「…あ…」
声を、かけようとして。
でも何を言ったらいいか分からなくて口篭っていると。
また不意に彼が顔を上げる。
何かに気づいたかのように、視線は少女を通り越してその先を見ていた。
(え、なに…?)
つられるように振り向いた瞬間。
―風が。
何かが。
彼女と邂逅し交錯した。
「………ッ…!?」
リナリーとぶつかるはずだった『何か』は陽炎の様に揺らめいて。
思わず彼女は自身の胸元に手を当てる。
…なに、これ。
今、何かが『わたし』を通り抜けた…?
混乱しながら身を捻ると、彼の所に駆け寄る後ろ姿がひとつ。
とても短い髪に、一瞬、少年かとも思ったけど違う。
丸みを帯びた女性特有のボディライン。ミニのワンピースに華奢な可愛い靴。
…その人が、『神田』へと寄り添った。
瞑想を邪魔されたのに、彼は不機嫌になることも無く彼女を迎える。
何かを言い交わす二人。
親しそうな様子。
…けれど、こんなに近いのにその会話は聞こえない。
そこで初めて、『この世界』に何の音も存在しないことに気がついた。
いつもは彼女を包むはずの葉擦れも無ければ、足元の草さえ、かさりとも言わない。
…どういうことなの。
何なのだろうか、ここは。
夢と片付けるには、けれどあまりにもリアルすぎる情景に困惑しかなかった。
やがて彼が立ち上がって彼女に手を伸ばす。
さらりと、大きな手でその短い髪を撫でた。
無愛想な表情は変わらなくても、とっても大事なものを見る目をして。
ドクリと鼓動が鳴った。
こんな『彼』をリナリーは知らない。
触れてくる腕に女の人が更に身を寄せる。
後ろ姿だから見えないけれど、きっと彼女も甘く微笑んでいるに違いない。
誰がどう見たってそれは、恋人同士の語らいだった。
大きくなった幼馴染みと、どこかの女の人の。
…やだ。
やだ。
やだ!
こんなの知らない、見たくない!
内心で叫んで目を瞑った途端。
風が、逆巻いた。