長編SS
□カイコの家
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その家は最初想像していたよりも大きなものだった。
そして一昔、いや二昔前を感じさせるような雰囲気。
二階への階段はかなり急でバリアフリーにはほど遠いし、各部屋は24時間換気システムどころか、クーラーもない。
トイレやお風呂は、水色の石造りのタイルで、古い旅館かまるでお風呂屋さんのよう。
兄の趣味で、いわゆる最新住宅に住んでいるリナリーにとっては珍しいものばかりだった。
それがとても新鮮で、彼女は嬉々として各部屋を回り、働いた。
クーラーは無いけれど、窓を開け放つととても風通しがよく、うだるということもない。
ティエドール教授は一応、定期的に人をやってこの空き家を管理していたらしく、それなりに家の中は整っていて、贅
沢さえ言わなければ今日から寝泊まりしても支障はなさそうだった。
とりあえず水回りから掃除をと、リナリーが台所をいじり、流しの下を開けていると二階から神田が戻ってきて彼女の
後ろに立つ。
その手元を覗き込むようにして、小さくつぶやいた。
「…お前、そんなにガンガンやって大丈夫なのか」
「? 何が?」
作業を続けながら背中で答える幼馴染みに彼は囁く様にして、
「…いるかもしれねぇだろ」
「え?」
「だから、ゴ…」
「きゃああぁあああぁあ!!!」
考えたくもない物体の話を持ち出されて、リナリーは思わず悲鳴をあげて飛び上がった。
実際いたわけでもないのだが、つい後ろに逃げようとした勢いで、思い切り彼に抱きつくような格好になる。
向こうと言えば、そんな彼女を難なく抱きとめて
「…お前、相変わらずダメなんだな」
…―――あ。
彼の腕の中で、とくりと鼓動が鳴った。
神田が、笑ってる。
声をたてて笑うわけでも、笑みに破顔するわけでもないけれど。
呟く声が微かに笑い含みで、彼の感情を如実に表していた。
その瞬間に『ああ、神田だ』とまたリナリーは嬉しくなる。
彼女の記憶の中の幼馴染みと、ここにいる彼にズレはない。
ここ数年は遠くから見かけるだけだった存在が、急速に身近なものへと戻っていく。
「…何よ。嫌なものは嫌なんだから、しょうがないじゃない」
「それほど騒ぐもんでもねぇだろ」
「ダメ。嫌。………想像しただけでもう気持ち悪い…」
「だらしねぇな」
「だからこればっかりはどうしようもないのっ!」
至近距離で交わされる軽口が懐かしくて楽しくて、ついつい言を重ねた。
次は絶対、殺虫剤を持ってこようと心に決めながら。