長編SS
□カイコの家
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夏の試験から解放された、その日。
本来なら部活のところを急な「施設整備」とやらで放り出されて(体育館アリーナの空調が壊れたらしい)
せっかくだからと、リナリーは試験で溜まったストレスを発散すべくお昼を友人たちとのお喋りに費やしてから帰宅の途のついた。
時刻は午後二時過ぎ。
一番気温の高い時間帯。
アスファルトの照り返しに溜め息をつきながら汗をぬぐう。
…もう少し、皆と居ればよかったかな。
そう思いながらも足を動かし、もうすぐ自宅というところで彼女はふと歩みを止めた。
道の向こうからやってくる姿がある。…あれは、
「…神田?」
呟いて、首を傾げる。
剣道部も休みになったのだろうか。
制服のシャツのままの彼は、帰るべき家の方向を背にする形でどんどんこちらに近づいてくる。
「どうしたの、神田」
数メートルの距離になったところで思わず声をかけると彼は顔を上げてリナリーを認める。
返事は無いものの、ああお前かという慣れた反応に彼女は少しホッとした。
正直言うと声をかけることに少々躊躇いがあったのだ。
だって、こうして話すのはいったい何ヶ月ぶりだろう。
小さい頃はお互い、何の遠慮も無く接していたけれど。
中学、高校と上がっていくごとに会話も顔を合わせることもどんどん減っていって。
彼のコミュニケーションを好まない性格も相成って、今となってはどこまで踏み込んで良いのか、その距離感がつかめなくて困っていたのだ。
けれど特に気負いの無い神田の様子にリナリーはすっかり嬉しくなって傍へと駆け寄った。
「部活、休み?」
「まぁな」
「どこかいくの? 家、向こうじゃない」
彼女が、もう目と鼻の先にあるお互いの自宅の方を指すと、彼は少しむっと眉根をよせて、握っていた手のひらを開いてみせる。
そこには、鈍く日を照り返す銀の鍵。
「…掃除しろ、だと」
その何とも端的な説明にリナリーはきょとんとする。
「え、ティエドール教授が?」
いまいち意味がつかめず、彼の保護者の名前を出すと神田は鍵を持ち直して軽く鼻を鳴らす。
「昔使ってた家らしいんだがな」
どうやらその空家を掃除して使えるようにしろと頼まれたらしい。
「なんで急に? 誰かに貸すとか?」
突飛な話だと思いながら尋ねると彼がますます顔をしかめた。
「…今、うちにはうるせーのが居る」
ぼそり、と呟かれた言葉にピンときた。
ティエドール教授は教育系の学部の教授で(専門は美術だ)、養子のマリ兄さんの他、神田やディシャなどの面倒もみているし、たまに短期で留学生のようなものを預かっていることもある。
ちょうどその「たまに」がこの夏、既に来ているということなのだろう。
(あ、もしかして…)
リナリーはそっと彼の横顔を仰ぎ見て、思う。
(その人に、結構懐かれちゃってる?)
今の彼の表情は、まさに自称親友のラビを鬱陶しいと言っている時とたがわず。
ただでさえ、己の周りに他人がいると落ち着かない性質なのだ。
それが不干渉であるならまだしも、過干渉なタイプだとしたら。
話しかけられる度に苛立っている彼が思い浮かぶようで、リナリーはこっそり笑った。
(神田って結構、人見知りよね)
ようやく事態が飲み込めた彼女は内心で頷き、それならばと勢い良く手を挙げた。
「私も行く!」
「…あ?」
「掃除するんでしょ? 手伝うわよ」
にこにこと言うリナリーに、神田は仏頂面を返すばかり。
「いらねぇよ」
「何言ってるの、一人じゃ絶対大変よ」
人の好意は素直に受けなさいと諭すと、そっぽをむかれ嘆息された。
「…勝手にしろ」
「うん、勝手にする」
楽しそうなリナリーと、今にも舌打ちしそうな神田と。
そうして二人は揃って件の家へと向かった。
留学生はもちろん、チャオジー