長編SS
□カイコの家
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リナリーは神田の後ろから、開いたドアの先を覗き込む。
今は使われていない家ながら別に荒れ果てているというでもなく、ごく普通の廊下が玄関から続いていた。
少し、夏場に締め切ってしまった建物特有の籠もった熱気と馴染みのない『余所の家』のにおいを感じるくらいで特筆すべきこともない。
玄関に備え付けの引き戸の靴入れが何となくレトロで、わくわくしながら上がりこんだ。
板張りの廊下の右側はすぐに光差し込む窓際で、小さな民芸品が幾つか飾られている。
左手側は趣味のいい和紙を張られた襖。
思わず、そっと手を伸ばして開けてみる。
「あ、畳!」
襖の向こうは広さのある畳の部屋だった。
リナリーが興奮気味の声を上げると、そのまま廊下を進んで行ったらしい神田から
「別に珍しくもねぇだろ」
と呆れたような声が返った。
けれどリナリーは気にせず、畳の部屋に入り込んで中を見て回った。
庭に面した大きめの窓を見つけて開けてみると、そこは板張りのバルコニーのようになっていて、小さな庭が一望できる。
「わあ」
風通しもいい。開けておいたら気持ちだろう。すっかり嬉しくなって、窓を開けたまま今度は部屋を横切り、庭と真反対の襖を開けてみる。
すると、廊下を行った神田とはち合わせした。
玄関からの廊下は畳の部屋を沿うような作りになっているらしい。
その先はダイニングになっていた。
六人ほどが着けそうな大きめのテーブル。
床はよく見かけるフローリングではなく、時代を感じさせる黒ずんだ板張り。
こじんまりとした台所が付いていて、機能的なシステムキッチンを見慣れているリナリーには実に新鮮だった。
「結構広いね」
「…そうだな」
「掃除するの大変かも」
「んなもん適当でいい」
大変と言いながらも声を弾ませる彼女とは対照的に、神田は気のない風で更に奥へと進もうとする。
「何言ってるの。その留学生さんに貸すんでしょ。ちゃんとお掃除しなきゃダメじゃない」
リナリーがその後ろ姿に向かって叱責すれば、先に行きかけた彼が振り返る。
「…違ぇよ」
「え?」
「貸すんじゃない」
きょとんとする彼女に、神田は続けて答えた。
「俺が使うんだ」
予想外の言葉にリナリーが目を丸くして呟き返す。
「…神田が?」
「ああ」
考えてもみろ、と付け加えて
「あのオヤジが来たばっかの奴を手元から離すと思うか?」
「それは…思わないけど」
頷きながら頬に手を当て整理する。…つまり、何だ。
留学生を受け入れる間、神田がこちらに避難してくる…ということ?
「俺も高3だからな」
さらりと言われたセリフにリナリーは思わずぽかんと口を開けてしまった。
「…何だ、その顔は」
「え。あ。え、だって」
高3? 高3だから、何?
つまり受験勉強に集中とかそういうこと?
それはあまりにも神田に似合わない展開でどうにも間誤付いてしまう。
だってスポーツ特待生として国立に行くものだとばかり思っていたから。
いや、それでも勉強は必要と言えば必要か。
「…ちっ」
気分を害したのか、小さく舌打ちを漏らして行こうとする神田の服をリナリーは慌てて掴んだ。
「じ、じゃあ余計によーく掃除しなきゃ!」
「いらねぇっつってんだろ」
「ダメ、神田のことだからほっといたら窓が割れても修理しないに決まってるんだから!」
「何だそれは!」
「絶対、そうよ!!」
妙な確信を持って言い切る幼馴染に彼は溜め息をついて、
「…とりあえず、俺は電気系統みてくるから、お前は空気の入れ替えしとけ」
「うん!」
割り振られた仕事に、二人は動き出した。