D.G-SS TitleB

□涙でぼやけた視界の向こう
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足は、もう動かなかった。


体のそこかしこが軋んで、指先にさえ力が入らない。


冷たい床に四肢を横たえて。ゆっくりと瞬きを繰り返すばかりだった。


不意に髪を梳かれる。


大きく目を見開くと、彼が私の髪を撫でていた。


すぐ傍に座して、見たこともないくらいに穏やかな表情で。


そっと一筋、髪を掬うとそこに柔らかく口付ける。


「……ッ…!」


息を、飲んだ。


悲鳴を上げかけた喉はひきつれて。


優しい指が最後に額に触れて、離れていく。


(…ダメ)


どうしてそんな触れ方をするの。なんで今そんな顔をするの。


(やめて)


口元の笑み。立ち上がり踏みしめる靴の音。彼のイノセンス。


(…い、や)


手を伸ばし、縋りつきたいけど腕が動かない。


(行かないで)


唯一、自由になる瞳だけを動かして靡く黒髪を追う。


結い紐はとっくに失われて、背に流れる髪。


行かないで。行っちゃダメ。


そう叫びたくて。


けれど、それは荒い呼吸音になるだけで。


伸ばしたくても指は震えるばかり。


“きっと、皆が来てくれるから”


だからだから、行かないで。


大丈夫だから。


(ここに居て…!)








―…ほんとうに?







「……っ……!!」


唇を噛みしめる。


涙がにじんだ。

本当は、私だってわかってる。


皆は絶対に駆けつけてくれるだろう。


けれど、攻撃にさらされたこの建物が、この部屋が、おそらくそれまでもたないことも。


役立たずの足。


どうしてこんな時に動かないの。


守りたいのに。戦いたいのに。


今の彼が私より動けるのは決して受けた傷が少ないからじゃない。


…ただ、回復が早いだけの話。


だけどそれだって、限界がある。









「…か、…んっ、だ……!」








…待って


待って。


待って!


待って…!!



いかないで。


そんな後ろ姿、見たくなかった



涙でぼやけた視界の向こう


どうして届かないの
あなたのその背中に





end?



2008.8.15





神リナ☆イノセンス

Title by 『Word Cascade』緋羽りつや様

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