D.G-SS.B
□モノクロの世界に、たったひとつ深紅の愛を
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…少女は戦っていた。
たった一人で。黒の外套を翻して。
それはただ生き延びる為の戦いだった。
何の為でもない、誰かの為でもない、守るべきものも貫くべき御題目も彼女には無い。
だからこそ、その戦いは滑稽で、哀れで、けれどひどく美しく、純粋な行為だった。
―際限なく続く戦いの中、少女の中で時折蘇える場面。
そこで、彼女は一人ではなかった。
彼女と共に、彼女を守って戦う青年の姿があった。
彼女とよく似た、長い黒髪が敵を叩き伏せる度にその身に沿って舞い行く。
そこで少女は、一人ではなかった。
向けられる瞳があった。伸ばされる手があった。呼ぶ声があって、答えるべき言葉があった。
繰り返し、繰り返し、戦禍を潜り抜ける少女の中で再現される場面。
それはもう、「再現(リピート)」なのか、ただの夢だったのか、判らなくなるくらい、擦り切れ壊れたレコードのようにただただ同じものだけを繰り返し見せてくれる、少女のみ閲覧を許されたライブラリーだったけれど。
…十分だった。
今は、側に、伸ばされる手も呼ぶ声もないけれど。
少女は、独りにはなりえなかったから。
やがて、戦いの包囲に追い込まれる形で、扉を破り飛び込んだ一室。
古いその建物の、あまり広くはない部屋の床に転がって即座に体勢を立て直す。
そうして顔を上げた瞬間、少女は動きを止めた。
古びた階上の部屋に、似つかわしい古びたデスク。
味も素っ気もない、しかし堅牢とした作りのその後ろに、彼は居た。
1つに纏められていたはずの髪が無造作に流されている事以外は、彼女の見覚えている彼とたがわない姿で。
見つめる先で、彼がゆっくりとデスクから移動する。
手にした銃口を真っ直ぐに少女へと合わせながら。
向けられた瞳は、静かに凪いでいた。
憎悪や苛立ちを剥き出しにして掛かってくる敵ばかりの中で、彼はあくまでも静謐の中にあった。
その瞳を、ひとはどうみるだろう。
無感情だと、言うだろうか。冷たいと、言うだろうか。それとも、優しいと。
彼の少女にみえたのは、きこえてきたのは、ただ一つの彼の意志だった。
―もう、終わりにしようと。
終わらせてやると、そう言われているように思えたのは彼女の幻想だったのだろうか―――……?
モノクロの、無音の世界で。ただ二人、向かい合った。
彼女の顔に、ゆっくりと微笑が広がる。
それは慈母のようでもあり、小さな幼子のようでもあり。優しく温かな、邪気のない、けれどどこまでも悲愴な、美しい笑みだった。
この白と黒だけの世界に。…少女が、ただ一つ、『執着』に近いものをみせることがあるとすれば。
床につけていたままだった手のひらを離し、立ち上がる。
柔らかな微笑のみを装いにして、少女は、舞った。
…―モノクロに描かれる街に響き渡る、ひとつの銃声―…
薄暗い灰色の空からは、ふわり、はらりと、氷の羽が踊り始めた。
白い空。雪雲を湛えたその下に街はある。
―街中の墓地。
無音の空間が広がる場所に、彼は佇んでいた。
辺りには何人(なんぴと)の気配もない。
何を見るともなしに、何をするともなしに、ただ彼はそこに立っていた。
明確な何かを映そうとはしない瞳は、もしかしたらその場にしかない空気を、見出そうとしていたのかもしれなかった。
いつしか、彼の口元に穏やかな微笑めいたものが浮かぶ。
淡い、儚いそれは本当にほんの一瞬で消え失せてしまったけれど。
やがて青年はいずこかへと踵を返し、場を後にした。
翻る外套の下で、彼女がつけた傷だけが深紅の彩りを呈して―――。
白と黒の世界で。
その紅だけが広がり、とまる様を見せない。
…それは彼の刻限を、静かに白き風へと語るのみ。
――END―――
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