D.G-SS

□An orange sea.
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「いつかね、一緒に見たい風景があるの」

そう言って彼女は、はにかみながら笑った。



An orange sea.




静かな深い森の中。

教団に続くその道を、二人、手をつないでゆっくりと行く。

「ねぇ、ラビくん」

「ん?」

何さ、と振り向けばミランダが微笑んで天を仰ぎ見る。

「空が高いわね」

「そーさなぁ」

雲をほとんど含まない薄い青が、他に何もない世界を彩っていた。

静か、静か、静か。

ヨーロッパ北部の空は何とも言えないもの柔らかな色彩で。

ああ、違うなと。別の色合いの空が記憶の中からいくつもよぎった。

「あのね」

「んー?」

優しく、それでいてとても楽しそうに笑んでいる彼女は、

「私ね、いつか」

内緒話をするようにちょっと距離をつめて。

「いつかね、二人で見たい風景があるの」

笑い含みの優しい瞳が弧を描く。

「風景?」

「そう」

無邪気に頷いて、また空を見上げる。

「私ね、ずっと小さな街に居たでしょう?」

だから、よく外の世界についての本を読んだの。

「雲の上の山。古い古い都。向こう岸の見えない大河…」

旅行記に語られる風景。

いつもドキドキしながら、頭の中の情景に思いを馳せた。

そんな風に天を仰ぎながらゆっくりと呟く彼女には今、思い描く想像の風景が見えているのだろうか。

いつの間にか二人の歩みは止まっていて。

静かな森の中。視線を上げたままのミランダに急に置き去りにされたような気がして、唯一繋がる指先に図らずも力を入れてしまう。

「…ラビくんは砂浜に立って、日が落ちる時の海って見たことある?」

世界が全部、足もとからてっぺんまでオレンジに染まるって本当?

ようやくこちらへと戻ってきた瞳はほのかな期待に揺れて。

何となく、曖昧な笑みを返してしまう。

「太陽と空だけじゃなく、海にもオレンジが広がって、蝋燭の炎みたいに揺らめいて、金色に輝いて、眩しくて堪らなくって。…自分の踏みしめる地面までキラキラのオレンジになるんだって」

興奮気味に、恐らく読んだのであろう単語を並べる彼女はまるで小さな子供のよう。

「だけどね、あんまりいっぱいいろんなことが書いてあるから、私の想像じゃとても追いつけなくて」

どんな感じなんだろうってずっと不思議だったの。

―けれど。

皆と出会って、街を出て。

いろいろなことを経験するそのうちに。

「きっと、ラビくんみたいな風景なんじゃないかしらって思ったの」

鮮烈で、力強くて。印象深くて。焼きつけるような。

「そして――…」



―どこか、寂しさを含んだ風景。




その続きを彼女は口にしなかったけれど。

向けられた瞳と口元の優しい優しい笑みで、全てが伝わってきて。

トクリと、鼓動が鳴った。

絡んだ指先を相手の体温を確かめるように握りなおして。

ゆっくりと彼女に笑みを返す。





「ミランダ」

「はい」

「うん、見に行こう」

二人で。

今のように手をつないで。

ただ一つの色に染まる世界を見に。

「約束だかんな。忘れないよーに」

「はい」

微笑みあって、そう決めて。

また同時に歩き出す。







いつか、いつか、いつか




オレンジ色の海を、一緒に




end.


2008.8.7









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