D.G-SS

□恋煩い、溜め息ばかり
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ふぅ、という音が端正な唇から漏れる。

もう何度目だろうか。

少なくとも、隣の少女が数え始めてから5回は軽く超えている。

新たな任務地へと向かう汽車の中。

それぞれが赴いていた先で下された追加命令に、ホームへと帰る事無く、合流したのがつい先ほどの駅だった。

同じ個室の中で、二人並んで座る。

いくら仕事と言えど久しぶりに会ったのだし、いかに愛想のない神田でも会話に応じてくれていいと思う。

それなのに彼ときたらひたすらに窓の外を見て、時折溜め息を漏らすばかりなのだ。

最初は今日までの任務中に何かあったのかと心配したものだが、訊いてみても返るのは生返事ばかりで、埒が明かない。

どうやら深刻な事態というわけでは無さそうだと、付き合いの長さからそう理解して、とりあえずは引き下がったが。

それにしたって、と思う。


―ふぅ…


(あ。また)

聞こえた溜め息に、さすがのリナリーもぎゅっと眉根を寄せる。

神田は何でこんなに憂鬱そうなのだろう。

元々が、にこやかとか穏やかとかそういったものとは縁遠い性格をしているけど。

人の隣で溜め息ばっかりというのはいい加減失礼なんじゃないだろうか。

少しくらい、こっちを見て相手してくれてもいいのに。

溜め息をつきたいのはむしろ自分の方だと思う。

だって、その。

…成り行きなれど、ちょっと、今日は。おしゃれしていたりするのだから。

首を垂れると、普段とは違う位置からサラリ、髪が落ちてくる。

合流した駅のある町で、先に着いていたリナリーは不足物資の買出しを行っていた。

その途中で使っていた髪紐が片方、切れてしまったのだ。

先の戦いで傷ついていたのか、とにかく急遽新しいものが必要になったリナリーに立ち寄った雑貨屋の女主人は人懐こい笑顔で対応してくれた。

そしてサービスだと言って、買ったばかりの結い紐で髪を飾ってくれたのだ。

両サイドの髪を少しだけとって結んだ髪型はどこかのお嬢様みたいな雰囲気で。

いつもの活動的なツインテールと違い、任務には邪魔かもしれない。けれど、汽車の中くらいはいいかと、ちょっと良い気分で戻ってきたのに。

一緒に居た探索部隊の人間は最初驚いて、それからとても似合うと言ってくれた。

照れくさいながらも嬉しくて。

そんな中、ちょっと期待して待っていた当の神田といえば、呆れるくらいいつも通りだった。

変わらない仏頂面で、最低限の任務報告、情報伝達、状況確認。そして汽車が来れば無言でさっさと乗り込んでいく。

まるっきり何事も無いかのような態度。

さすがに本気で気づいてない、なんてことはないと信じているのだけれど。

褒めてくれとは言わないが、せめて反応してもらいたいと思うのは贅沢なんだろうか。

(似合わないなら似合わないで、はっきり言ってくれればいいのに)

あまりの無視ぶりにさっさと結いなおしてしまおうかとも思うけど。

それはそれで何だか悔しくて。

(…もう、神田のバカ)

リナリーは手元へと視線を落とし、小さく息をついた。






汽車の座席に腰を落ち着けて以来、神田の苛立ちは最高点に達していた。

原因は隣のリナリーである。

最初、顔を合わせた時、いつもと違う様子に一瞬、面食らった。

髪型が違うだけだったが、まるで別の人物のようで違和感を禁じえなかった。

よく知る幼馴染ではなく、その、どこか他所の「女の子」のようで。

妙な気分になりながらも何でもない風を装って接した。

しかし、汽車の中でお互い至近距離に身を置いて以降は、内心でありとあらゆる呪詛を唱える羽目になる。

いつもよりも自由度の高い髪の流れは、彼女が動く度にふわりとした芳香を撒き散らす。

…落ち着かない。

とてもとても落ち着かない。

常ならない容貌のリナリーも、纏わりつく甘い香りも。何かを考えるように時折伏せられる長い睫毛も、とにかく全て。

とりあえず出来るだけ彼女の方を見ないように努めているがあまり効果は上がっていない。

持て余す苛立ちは舌打ち程度では治まりきらず。

籠る熱を逃がすように、神田は肺から重い空気を吐き出した。





恋煩い、溜め息ばかり




何なのよ、もう! さっきから!!

うるせぇ、おとなしく座ってろ!!!




end.


2008.6.8


早くくっついて下さい、バカップル。


Title by 『天使祝詞』様

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