目前の光景に神田は一瞬、目を見張る。 ぼやけた朧月夜の下。 荒野に佇む一本の大樹。 豊かに花を湛え枝を伸ばすそれは、穏やかに吹く風へ淡い色の花びらをのせていた。 そんな、誰もが陶然と見惚れてしまうような桜の樹の下に人影がひとつ。 寂寥としたこの場にも深遠とした真夜中にもそぐわない、緩やかな曲線を描く細い肢体。 長い髪を花びらと同じ風に揺らされながら『少女』はこちらへと歩んでくる。 美しい双貌に歓喜と哀愁を滲ませて。 感極まる様子で睫を湿らせながら、その淡く色付く唇で言葉を紡いだ。 「お帰りなさい」 幸せそうな、もの柔らかな笑顔。 …有り得なかった。いろいろな意味で。 こんなヨーロッパの地に故国の花が咲いていることも。 そして、近付いてくる幼なじみの少女に瓜二つの『何か』も。 出発前に聞いた、コムイの言葉が脳裏によぎった。 『人を、惑わすんだよ』 「ようやく帰ってきてくれたのね。私のあなた」 |