長編SS

□想イ咲ク 桜舞ウ 涙散ル
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目前の光景に神田は一瞬、目を見張る。

ぼやけた朧月夜の下。

荒野に佇む一本の大樹。

豊かに花を湛え枝を伸ばすそれは、穏やかに吹く風へ淡い色の花びらをのせていた。

そんな、誰もが陶然と見惚れてしまうような桜の樹の下に人影がひとつ。

寂寥としたこの場にも深遠とした真夜中にもそぐわない、緩やかな曲線を描く細い肢体。

長い髪を花びらと同じ風に揺らされながら『少女』はこちらへと歩んでくる。

美しい双貌に歓喜と哀愁を滲ませて。

感極まる様子で睫を湿らせながら、その淡く色付く唇で言葉を紡いだ。

「お帰りなさい」

幸せそうな、もの柔らかな笑顔。

…有り得なかった。いろいろな意味で。

こんなヨーロッパの地に故国の花が咲いていることも。

そして、近付いてくる幼なじみの少女に瓜二つの『何か』も。

出発前に聞いた、コムイの言葉が脳裏によぎった。





『人を、惑わすんだよ』




「ようやく帰ってきてくれたのね。私のあなた」

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