「ノクティス王子、謹んで御誕生日のお祝いを申し上げます」
「ノクティス様、お祝い申し上げる日を楽しみにしておりました」
ノクティス様、ノクティス様・・・。次から次へ止まる事無く来賓から掛けられる祝言に、最初は不器用ながら笑顔を貼り付けていたノクティスだったが、それが二時間以上続けば次第に口の端はヒクつき、表情筋がこわばり始めていた
今日はルシス王国の王子、ノクティス・ルシス・チェラムの誕生日
23.Surprise 〜Happy Birthday Noctis!!〜
「ねぇ、そろそろ限界じゃないかしら・・・」
「そうだな、だが流石に今日は逃げられないだろう。何せ今日の主役だ」
人の輪に囲まれるノクティスから離れた位置で、グラス片手に会話を交わしているのは黒のシンプルなドレスに身を包んだ○○○と、同じく黒の礼服に身を包んだイグニスだった。ちなみにグラディオラスとプロンプトも参列しているが、前者はクレイラスに連れられて親衛隊と合流しており、後者は錚々たる式典に萎縮して、会場の隅で豪勢な料理に舌鼓打っている
そう口にしながらも、こちらに気付いたノクティスからチラチラと助けを求める視線を送られている事にイグニスも気付いている。困り果てた王子に○○○が苦笑いを浮かべるが一般人である彼女に助け出す術などなく、相談がてら、イグニスに話題を振ってはみたが、王子の定めとばっさり切り捨てられてしまった。その間にも詰め寄られる勢いに押されてたじろぐノクティスを見ていると、どうしても手を差し伸べたくなってしまうのだ
「・・・○○○はノクトに甘すぎる」
「・・・なぁに、まだ何も言ってないわよ?」
「事実、今もどうにかしてあの人波からノクトを助けてやりたいとでも考えていたんだろう?」
「うっ・・・それ、は・・・ね」
「表情に出ていたぞ。全く、アイツもいつまでも子供じゃないんだ、王子としての振舞いや対応を身に付けさせ、諸国に恥じない、って聞いているのか」
「しーっ、」
くどくどとノクティスの今後について意見を並べるイグニスを○○○が遮ったのはレギスが壇上へ上がった時だった。片手で杖を突きながらも、ギラギラと眼光鋭いレギスに周囲は息を呑む。一国を背負う王の瞳が周りを眺めると、直ぐに柔らかい物に変わりノクティスを呼んだ
いつもは前に下ろした濃紺の髪も今日は後ろへと撫でられ、滅多に見る事の無い額が覗いている。首元までキッチリと整えられた礼服は細身の体に吸い付く様に馴染んでいた。元々こういった正装を好まない彼だが、今日ばかりは大人しく着飾っている。整った顔立ちのノクティスは着るもの一つで煌びやかな王子に早変わりするのだが、彼の内心は不満で一杯なのだろうと、檀上で眩しそうに瞳を細めるノクティスを眺め○○○はほくそ笑んだ
レギスとノクティスを中央に添え、その数歩後ろには同じく正装に身を包んだクレイラウとグラディオラスが剣を携えて立っている。レギスの威厳に溢れた声が会場を包み込み、誰しもがその声に、言葉に聞き惚れている中、ノクティスの澄んだ青が○○○を捉えた。しっとりと絡まる視線に○○○が気づくと、ノクティスは小さく口を開いた
「・・・は、ら、へ、っ、た…?」
わざわざ大勢の目の前で、口パクで空腹感を訴える王子に、○○○は咄嗟に音を立てまいと口元を両手で抑えて肩を震わせた。寸での所で笑いを堪えたが、人は何故、神妙な空気になればなるほど笑いのツボを突かれてしまうのだろうか。唇を噛みしめて顔を上げると、したり顔のノクティスが再び口を動かした
「わ、ら、う、な、?・・・誰のせいよ、もう」
周囲の視線がレギスに集まっている事を良いことに、ノクティスは薄い唇を動かし続けた。いつかバレるのではと○○○は冷や冷やしたが、誰からも咎められる事は無く、ノクティスは僅かに口の端を持ち上げた
「ど、れ、す・・・?に、あ、つ、て、る・・・ッて・・・」
不意打ちのノクティスの褒め言葉、そして過去一番と言って良い程、煌きに満ちたノクティスの視線に射貫かれ身体がカッと熱を持った。こんな大勢の人がいるなかで、タチの悪い冗談だと頬を膨らませながら、熱くなる頬を両手で包み隠す。そんな○○○の姿を見て、ノクティスも満足気に笑って二人だけの遊びを終わらせた
それからも粛々と祭典は進み、頬の熱が引いた頃にはノクティスも漸く解放されて友人達と合流していた。激励する様にグラディオラスに背中を叩かれ、イグニスには檀上で視線を逸らすな顎を上げろと小言を呟かれ、全種類の料理を制覇したプロンプトはどれが美味しかったと矢継ぎ早に捲し立てている
先程の言葉とノクティスの濡れた瞳が網膜に焼き付いている○○○は、どこか居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、ノクティスから逃げる様にして護衛としてドア横に立つニックスの側へ駆け寄った
「・・・ニックスさん、お疲れ様です」
「今日は随分と可愛らしい格好だな、まるでお姫様だ」
「あら、お仕事中なのにナンパですか?」
「本心で口説いてるんだって、いつになれば信じて貰えるんだ?」
「ほら、またそんな事言って。コル将軍もドラットー将軍もこっち見てます。この会話聞こえてるんじゃないですか?」
「残念だがインカムはさっき切っておいた」
「わあ、用意周到・・・」
「という事で、アッチには聞こえてないハズなんだがなぁ」
言葉を濁すニックスにもビシビシと突き刺さる将軍の視線は、任務中に軽口を叩いていた事への御咎めなのか、インカムを切っている事への視線なのか・・・。渋々回線を開くと、すかさずドラットーからの叱りの言葉が飛んできた
「・・・了解」
「将軍、何か言ってましたか?」
「任務に集中しろだとさ。あと髪飾りが落ちそうだって」
「えっ、」
思いがけない指摘に慌てて手で纏め上げた髪を触ると、差し込んだ位置より下にズレた髪留めに指先が触れた
「本当だ・・・、よく気付きましたね」
「それだけ見られてたってことだろうな。後ろ向け、俺が付け直してやるよ」
「ん、お願いします。・・・ごめんなさい、私が警護の邪魔したから怒られちゃいましたね」
○○○はニックスに背中を向けながら、彼を庇う意味を込めてドラットーへ小さく頭を下げる。それに気づいたドラットーが片手を上げて応えてくれた
「いや、王子の不貞腐れた顔見てるだけだったからな」
「ふふ、何ですかそれ。王子が聞いたら益々不機嫌になりそう」
「でもあれだけ沢山の人に祝われて、幸せそうで良かったな・・・と、出来たぞ」
「有難うございます。そうですね・・・。これから先も、ずっとこの幸せは続きますよ」
ふわりと微笑んでニックスを見上げると、同じ様に表情を緩めたニックスも○○○を見下ろした。王子の幸せを願う二人が微笑みあう姿を、ノクティスが遠くから見つめていた
そんな視線に気付きながらニックスは上官の目を盗んで○○○の手からシャンパングラスを奪うと、一口で飲み干してしまった。芳醇な金色の液体は、今やニックスの腹の中へと移り、グラスに残った小さな空気の粒も程なくして弾けて消えた
「あっ」
「ご馳走様」
「飲みたかったなら新しい物を持ってきたのに、私の口紅付いちゃってますよ」
トン、と指差された唇を親指で拭うと確かに、指の腹には○○○と同じ薄紅色が付いていた。視線を上げてノクティスを煽る様に舌で舐めると、王子の表情が僅かに歪んだ。嫉妬しているのは王子だけじゃない、ニックスは孕んだ熱を隠す事無く○○○に視線を下した
「だけどあんな檀上で悪い遊びをするのはどうかと思うぞ」
「え・・・?」
「王子と。気付いてないと思ったか?」
○○○は一方的に巻き込まれただけなのだが、そう責められてしまえば生真面目な彼女は自分も同罪だと思い込んでしまう。遊びがばれて叱られてしまう子供の気持ちと、二人だけの秘密を見られていた事への羞恥心で身を小さくさせる○○○は、嫉妬の炎を滾らせるノクティスの目にどう映っているだろうか
今にもシフトで飛び込んできそうな王子の表情を見たニックスが、一変させて悪戯っぽい笑顔を返して来た為に、わざと見せつけられていた事に気付いたノクティスは拍子抜けして、奪い返すタイミングを失ってしまった
「・・・あ、あの・・・ニックスさん、アレは」
「なんてな。多分気付いてたのは俺くらいだ。あんまりにも仲睦まじそうで妬いちまったんだよ」
「さっきの事、誰にも言わないで下さいね?」
「あぁいいぞ、○○○に貸し一つだけどな」
「そんなぁ」
「なら交換条件に、—――・・・でもいいぞ?」
身を屈ませたニックスが○○○にそっと耳打ちすると、みるみるうちに白い肌を薔薇色に染めてニックスの腕を叩く
「だ、駄目です!絶対駄目っ!変な事言わないで下さい・・・!」
「な?意識しちまうだろ。はは、真っ赤だな」
「そういう事言うからじゃないですか!もう!」
「そう照れるなって、ほら。行って来い」
ノクティスの目の前で○○○を搔き乱して見せると溜飲が下がって行くのが分かる。我ながらしつこい程の独占欲だとニックスは笑みを浮かべながら、細い腰に手を添えて王子の方へ押し出してやった。手強いライバルの元へ送り出すのは癪だが、折角の誕生日にこれ以上の意地悪は止しておこう
何か言いたげな○○○に気づかない振りをして傍から引き剥がし、その背中を見送っているとドラットーから通信が入った
「あー、ニックス」
「何ですか、もう彼女は行きましたよ」
「分かってる、そうじゃない。今晩、一杯俺に付き合え」
「は、何で急に・・・」
「たまには良いだろう」
「いつもの店ですか?」
「あぁ」
「まぁ将軍の奢りなら良いですよ」
「馬鹿を言うな、割り勘に決まってるだろう」
「部下を慰めるつもりなら懐まで慰めて下さいよ」
プツリ、と切られた通信に肩を竦めると、意識を会場内に戻してニックスも任務に戻るのだった