dream

□執務室の憂鬱-番外編01-
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執務室の朝は忙しい。一日のスケジュールを眺め、予め予定に合わせた資料とそれに必要な諸々の手配を再確認する。こういった事務仕事は先を見通し、気を利かせることが肝心なのだ。何事も滞りなく済むに越したことはない

分厚いファイルを手に取り報告書と資料を照らし合わせ、不備が無いか最終確認した所で、背後から男物の香水が鼻腔を擽った。嫌味の無い控えめな甘ったるさに振り返ろうと、体を捻った所で赤みがかった毛先とチクリと頬を撫でる髭の感触


「・・・つーかまーえた」

背後から抱き寄せたその男が、低く蕩ける様な声を耳奥に吹き込み、片手で○○○の両目を覆い隠すと、彼女の意識はパタリと途切れ抱えていた書類の束が抜け落ちた













これはとある王族専属執務室から強奪された事務員さんの一日目











ぐわりと揺れる脳みそ、時折背中から突き上げるような微振動に苛まれて○○○は目を開いた


「あ、起きた?」

「・・・あ、れ・・・」

「ん?どうかした?」

今自分を見下ろしているのは敵国の宰相、ひょんな事から知り合いになった気のいいオジサン・・・だったはずだ。フラつく体に力を入れると、頭に鈍い痛みが走り、腕の力が抜け落ちた。再び元の位置に寝転がると、頭には硬いけれど柔らかい何かに受け止められる。・・・男の人の膝枕というのは案外寝心地が悪いものだった


「やっぱり頭痛む?我慢出来ないなら薬もあるからね」

「あ、いえ・・・大丈夫、です・・・」

労わる様に頭を撫でるアーデンの手が頬を滑り、眠っている間に零れ落ちた涙を指の腹が掬い取った。何故此処に居るのか、聞きたい事は山ほどあるのに脳が働く事を拒絶している。優しい手付きに思わず瞳を閉じて頬を擦り付けると、アーデンの動きがピタリと止まった。そして少し離れた所から呆れた溜息と、これまた聞き覚えのある落ち着いた声音に顔を動かす


「呑気な奴だ」

「レッ・・・っ、ッ・・・うぅ・・・!」

真っ白な軍服に身を包んだ、予想外の人物に思わず身体を起こすが、頭へ走る鋭い痛みに○○○はアーデンの膝の上にうつ伏せで崩れ落ちる


「ッ・・・〜〜痛、」

「やっぱり薬飲んどこうか、ね」

よしよしと、アーデンの手は子供を慰める動きに変わり、頭痛に苦しむ○○○を視界の端に収めながら、再びレイヴスは溜息を吐き出して揚陸艇の窓から見えるインソムニアの城へ、同情の視線を向けていた

薬を飲んだ後も鈍い痛みは○○○を解放する事無く、ドクドクと心臓の鼓動に合わせて軋む血管がアーデンの腕の中で浅い呼吸を繰り返すうちに落ち着きを取り戻した様だ


「あの、アーデンさん・・・ご迷惑お掛けしてすみませんでした・・・」

「いえいえ、可愛い寝顔が見れて俺としては嬉しい限りだよ。まぁ、アッチは大層お怒りのご様子だけどね」

アッチ、と目線を流されたレイヴスは腕を組んだまま相変わらず窓の外から視線を外さない。○○○はおずおずと片手を上げ、答えをくれそうなアーデンへと質問を投げた


「えと・・・私、どうしてアーデンさん達と一緒にいるんでしょうか?」

「あれ、覚えてない?」

「・・・全く」

「頭痛も酷い様だし、手加減したつもりなんだけど、ちょっと強く効きすぎちゃったね」

「強くっていったい・・・えっ、まさか変な薬とかじゃ・・・!」

ビクリと身体を震わせて不安気な眼差しを向ける○○○は、そっちがあったかぁ、と意表を突かれた様なアーデンの呟きを聞き逃さなかった


「アハハ、薬ならもっと○○○チャンを喜ばせる事に使うよ。俺が使ったのは魔法」

ニコニコと笑うアーデンの言葉に信憑性は低く、ルシスの王族でもない彼が魔法を使える筈もない。○○○はまたいつもの冗談だと、頬を膨らませた


「私、今朝は執務室に居たと思うんですけど、どうして空の上なんでしょう」

「あ、揚陸艇って事は気付いてたんだ?」

「・・・一応。どういう事かちゃんと説明してください」

「うーん、これにも色々あってね。一言で言うと、○○○チャンの力が必要なんだよ」

ギュッ、そんな効果音が付きそうなほど真剣な目で両手を握られ、○○○は更に眉を下げる事になった










その頃インソムニアでは・・・。一枚の置手紙と共に忽然と姿を消した○○○に、城中が騒然となっていた



『優秀な○○○チャンをお借りします。 ニフルハイム帝国宰相 アーデン・イズニア』



丁寧に直筆の署名まで入ったそのメモ書きを握り締め、怒りを露にする王都城の面々。特にニックスはその辺を飛行する揚陸艇を手あたり次第に撃ち落とさん勢いで鼻息を荒くし、一方のイグニスは表情は変わらないのに、纏う空気はシヴァを彷彿とさせるほど冷え冷えとした怒りを滲ませている

その後ろ姿を眺めながら、唯一事情を把握したノクティスだけが大きな欠伸を零していた。それもそのはず、ルナフレーナとの手帳のやり取りでニフルハイムの状況は知っていた。大雑把な軍人の集まる帝国では書類仕事が滞り、急を要する情報は口頭報告のみ、資料を作ろうにも紙の山に手を付ければ雪崩落ちそうな現状に、誰しもが目を背けていた。当然、軍事会議も意味を成さない有様だ。レイヴスに至っては三日三晩机に縛り付けられ、大層不機嫌らしい

・・・そして限界を迎えた帝国は、宰相を率いて遂に強硬手段に出た









「と、言う訳で。ちゃんとルシスの皆様にはちゃんと挨拶してきたから安心してよ」

「皆が事情を分かってるなら良いんですけど・・・。そういう事なら私が出来る限りお手伝いしますよ」

怒り狂う友人達の事は露知らず、へにゃりと微笑んだ○○○はこの先の苦労をまだ知らなかった。ニフルハイムの帝都グラレアに着くと、文化の違いにぽかりと口を開けた。魔法文明の発達したルシスとは一変し、空を飛び交う飛空艇や街中であちこちに見かける魔導兵も戦闘用だけではないらしい。アシンメトリーを基調としたニフルハイムでは道行く人々の服装も左右違う色やデザインに身を包み、○○○にとっては新鮮その物だった


「凄い・・・。ルシスと、全然違う・・・」

「そりゃあね、こっちは機械文明だから。ほら、ボーっとしてるとぶつかるよ」

アーデンに肩を抱かれたが、足元を清掃していたロボットに爪先を掠めてしまう


『申し訳ありません』

「あ、いえ、こちらこそ・・・」

衝撃により自動返答プログラムが働いたロボットに対して、律儀に頭を下げる○○○に苦笑いを漏らし、城の門を開けさせた


「アーデンさん、あの・・・お仕事ってお城でされているんですか?」

軍の書類が、と説明を受けていた○○○はてっきり軍部施設へ向かうのだと思っていた。しかし目の前にそびえ立つ城は王都とは違い白とグレーを基調にした屈強な要塞の様に見える。思わずたじろいでアーデンへと顔を上げるが、彼は面倒くさそうに頭を掻くだけだった


「うちの皇帝様がね、君に会いたいんだって」

「え、・・・えぇぇぇ!?や!ま、待って下さい!!え、こ、皇帝って、・・・!!」

「そ、イドラ皇帝」

「・・・っ、私、正装でも無いですし、」

「あの人はそういう所には拘らないから平気だよ」

「でも・・・」

「きっと○○○チャンが尻込みするだろうと思ったから言わなかったんだけどねぇ」

仇になっちゃったかな、顔を覗き込まれて心配するアーデンに、○○○がふるりと首を振った。だがその表情は不安に満ち、アーデンの心をゾクリと震わせる


「私、無事に帰れますよね・・・?」

「勿論。借りたモノは返さないと、ただでさえ怒鳴り込んできそうなのに本格的に戦争が始まっちゃうよ」

「ふふ、大袈裟ですね」

先程よりも僅かに和らいだ○○○の表情にアーデンは城へと背中を押してエスコートしていく。そんな二人の後ろを黙って歩くレイヴスの表情は険しく、頼りなく小さい背中を見つめていた









「失礼致します、陛下。ルシスからの客人をお連れしました」

「失礼、いたします・・・」

高みから見下ろすイドラは笑みを浮かべることも無く、蛇の様に鋭く、値踏みする様に絡みつく視線を○○○に向けた。レギスとは違う、冷たく薄暗い覇気に怯え、すっかり萎縮した○○○は握り締めた手を小さく震えさせていた。今すぐにでも逃げ出したいと警告する意識を振り払うと、声が震えない様に腹部に力を込める


「本日は・・・お招き頂き、有難うございます」

「うむ・・・。どうだニフルハイムは。広大で殺風景で・・・、ルシスと比べれば見劣りするだろう?」

自嘲気味に呟くイドラの瞳には生気が感じられない。これだけ広大で軍事力に勝る豊かな国なのにどうして・・・、皇帝の思いを汲み取る事が出来ない○○○は小さく首を振った


「いえ、此処にはルシスには無い技術が息づいています。全てを人の手に頼らなくてはいけないルシスにとって、目まぐるしい程の化学と機械技術の進歩には目を見張るものがあると思います」

言葉は素直に、○○○が見て感じた事が溢れ出た。ただ一言、この国が脅威に感じた事だけを飲み込んで


「そうか、お主はそう捉えるか・・・」

「はい」

「最初は物怖じしてばかりの娘だと思っていたが、成程。此度は我が国への助力、感謝する」

「ぁっ・・・、ッ、」

刹那、面白そうに歪められたイドラの笑みに心臓を鷲掴みにされる様な息苦しさを感じ、○○○は咄嗟に頭を下げて視線から逃げた。フラついた腰を抱き、アーデンは優雅にお辞儀を返すとコートの裾を翻す

王座の間を出ると、震える足から力の抜け落ちた○○○がアーデンにしがみついた。自分の手でならいざ知らず、他人にお気に入りを脅かされるというのは、あまり良い気分ではない


「お疲れ様。あの皇帝を真っ直ぐ見据えるなんて、中々根性あるじゃない」

「アハ、ハ・・・本当は物凄く怖くて、息出来なくなるかと思いました・・・」

「今日は心労で仕事になりそうもないね。ホテルは準備してるから、食事にでも行こうか」

「あ!アーデンさん、お金・・・!私、ルシスの紙幣しか持ってないんです」

「えー・・・俺、仮にも宰相なんだけど。それくらいの甲斐性も無いと思ってた?」

「そういう訳じゃないですけど・・・、だって着替え一つ持ってきて無いですし・・・せっかくだからニフルハイムの街も見て回りたいなぁ、なんて・・・」

つまりは身の回りを整えるついでに買い物がしたい、と。何処までもマイペースな○○○に呆れた笑みを浮かべる


「それくらいならお付き合い致しましょう?」

「ふふ、やったぁ」

ついさっきまで敵の眼に晒され、恐怖に顔を引きつらせていた○○○も、今は満面の笑みで立ち寄りたい店を指折り挙げている。この様子だと暫くは解放して貰えないんだろう、重いコートと帽子を憲兵に押し付けてアーデンは腕を差し出した


「どうぞお嬢さん」

「・・・アーデンさんって、時々カッコイイですよね・・・」

「え、その言い方は傷付くなぁ」

「女心を擽る って言うか・・・、でもアーデンさんは悪い人だから」

「何で俺が悪い人?良い人の間違いじゃない?」

「急に連れ去る人を良い人とは呼ばないですよ」

そう言いながらも○○○は差し出された腕に片手を絡ませ、アーデンに連れられて歩き出す


「ちなみにここは銃の所持も許可されている、だから・・・絶対一人で出歩いたりしないようにね」

「・・・?わかりました」

人差し指を鼻に押し当てられ、念押しするアーデンに相槌で返した。穏やかそうに見えても国それぞれで問題は抱えているのだ


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