手持ち無沙汰になった○○○はモルボ・スムルに足を運んだ
彼らが居ない事を確認すると、がっくりと肩を落とし、店長に作っておいた焼き菓子を渡す。そのままカウンターに腰を下ろすといつもの串焼きと、うんとキツイカクテルを注文した。あまり表情は変わらないが喜んでくれたらしい彼は、新メニューだ、とミドガルズオルムの香味焼きを差し出した
聞いた事がない名前だが、一口頬張ると口の中でギュッと肉汁が溢れる、淡白でクセが少なく食べやすい
沈んだ時は美味しい料理で心を満たせ、いつだったか店長から言われた言葉だった
「り・・・、店長は今日はチョコ貰いました?」
「そりゃたっぷりな」
「幾つぐらい?義理チョコ?本命?」
「多すぎて数えるのは止めちまった、なんだやけに絡むな」
「うぅ・・・」
料理長、と癖で呼びそうになり慌てて言い換えた。バレンタインで傷心しているのに、墓穴を掘った○○○は自ら傷を広げたようだ
「店長は貰ったら嬉しいですよね?」
「そうだなぁ」
「義理でも嬉しいですよね!?」
「なんだフられたのか?」
「ち、違いますよ!!」
まだ・・・、と小さく零し自分の指に目線を落とす
「一人で舞い上がって・・・一人で期待、しちゃっただけです」
「そういう時もある、まずは伝えねぇと始まらないからな」
「伝えないと・・・かぁ。うぅ・・・」
次第に自棄酒を煽る様にハイピッチで酒を口にしはじめる
「○○○、飲み過ぎだ」
「ねえ料理長ぉ…」
「俺はもう料理長じゃねえぞ」
「おとこのひとって、本命以外は受け取ってくれないんですかねぇ」
「何の話だ」
「かわいい女の子からでも嬉しくないんですかぁ」
「可愛いなら嬉しいだろ」
「こころこめてつくったのに、ひどいですよぉ…」
最早会話にならない○○○は、ふにゃふにゃと口ごもり酒に呑まれる。既に呂律も怪しくなってきた
「もうしらない…しらない、もん・・・」
カウンターに頬を付けるとひんやり気持ちいい。そのまま目を閉じて鞄の中に眠るスイーツを思い出すと、胸が苦しくなった
うとうとと意識が遠のく。誰かに撫でられて気持ちがいい。やめないで、そのまま撫でていてほしい。すぅ、と息をするとシダーウッドの香りが胸に広がる
突然パチッ、と開いた目に驚くも、ニックスは覗き込むようにして目線を合わせて笑った
「うぅ、うええん!ニックスさぁん!!」
突然身を起こすとギュッと腕に抱きつく○○○に内心狼狽しつつも、平静を装って彼女の肩を抱く。寒空の下でも紅潮した顔は相当酔っているらしい
「どうしたんだ?一人で寂しかったか?」
予想外の出来事に寝ぼけているのかと思ったが、自分の名を呼んでしがみ付く姿は小動物そのもの。理由はいったん置いといて、目の前の小動物と柔らかい感触を堪能する
「なんできょういなかったんですかぁ!!」
「なんでって・・・急な任務が入ったからだな」
「わたしまってたのにぃ!ずーっと!ずーーーっと!」
「ずーっと?俺を?」
「そうです!はやくこないかなってずーっと!」
今日一日の感情が爆発したかの様に呂律の回っていない口で、可愛い不満をぶつける。やっと会えました、と笑みを浮かべて○○○はニックスの首に腕を回すと思いきり抱きついた。ずれ落ちる身体を支えると、○○○の体を膝の上に乗せて横抱きにする
「寂しかったか?」
「ん・・・、寂しかったです・・・」
「会いたかった?」
「ずっとニックスさんのことかんがえてました」
「俺の事好き?」
「うん・・・もうだいすき、」
素直にぎゅっと抱きつくと肩に頭を預けてぐりぐりと甘える。ニヤける顔を見られないように手を頭に添えて撫でた
「なぁ○○○、もう一回言って?」
「にっくすさんが、だぁいすき!」
ハートが飛ぶように満面の笑みで好き好きと甘える○○○は酔った勢いでどんどん大胆になる。今なら何をお願いしても聞いてくれそうだ
「俺の何処が好き?」
「んん・・・もう、全部。髪の毛も声も、においも、手も。ぜーんぶだいすき」
「本当に?」
「すきだもん、わたしがいちばん・・・にっくすさんの事すきだもん!」
独占欲を体現するかの様に抱きつき首筋に口付ける。すんすん、とニックスのフレグランスを嗅ぐ姿はまるで子犬だ
「そういえばクロウから聞いたぞ、チョコレートあるんだろ?」
それを聞いた○○○はピクリ、と体を強張らせる。何か地雷だったのか?、ニックスは○○○の背を撫でると返答を待つ
「にっくすさん、ほんめいじゃなきゃ・・・もらってくれないんだもん」
「本命?」
顔をニックスの肩に埋めると、ぽつり、ぽつりと言葉を漏らした
「にっくすさんが前、このシャンパンが好きだって言ってたから・・・、どうしてもシャンパントリュフ作りたいと思って・・・スッゴクれんしゅうしたんです」
だから、と言葉を途切れさせると、腕を突っぱねて顔を上げニックスから距離を取った
「もらってくれないならイグニスにちょこあげるもん!!!!」
大きい声をあげると、ニックスの胸倉を掴むと前後に揺する。だが所詮酔っ払いの彼女だ、大した力はない
「要るって、言ってよぉ・・・!!!」
涙声でガクガクと揺さぶる○○○の頬を両手で挟むと動きが止まる。潤む瞳でじっと見つめると口を尖らせニックスの言葉を大人しく待つ
ニックスは合点が言った、一人暴走気味に自棄酒に走り、ニックスが現れると自分の物だと言って甘え、チョコレートを欲しがれと強請っているのも、全てニックスのせい
午前中に呼び出され、自分に関係を迫ったメイドとの会話を耳にして、1日ずっと思い詰めていた結果だ
あの会話を聞かれていたとは思わなかった、気配を感じなかったとは言え自分の迂闊さに舌打ちしそうになる。だが何はともあれ結果オーライだ
まさか○○○が自分の為だけに、とは思わなかった。ニヤける口元を隠して誤魔化したいが、生憎両手は熱を持つ○○○の頬にある
王子の言葉を借りるなら、ヤバい、ちょー嬉しい、って奴だな
待ってて良かった。酔っているとはいえ、全て○○○の本心。これ以上嬉しいモノはない。ぶー、っとむくれる○○○に軽く口付けるとニックスは耳元で囁いた
「チョコレートも○○○も全部欲しい。独り占めにしたい」
ニックスの言葉に蕩けるように微笑むと○○○は口付けで返した
「いちゃつくなら家でやれ」
「見た?見た?○○○の可愛い姿」
にっくすさぁん、と夢見心地でニックスに抱きつく○○○は既にニックスの声は聞こえていない
「ヤバいよな、此処までされちゃあ今日は頑張るしかないよなぁ」
「程々にしとけよ」
店長の声を無視して抱きつく○○○の頬に軽くキスをした
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ニックスとイチャイチャ。チョコ、渡せてないですけども
ミドガルズオルムはFF7にも出てきた巨大なヘビさんですね。ヒロインは知らずに食べてますが蛇美味しいです