dream

□執務室の憂鬱15
1ページ/2ページ




街中は赤やピンクのハートに彩られ、女性は愛おしい人、大切な人への気持ちを伝えるべくチョコレートを手にして相手に思いを馳せた。そう、もうすぐバレンタインデー






これはとある王族専属の庶務室のすれ違いの二人











15. Champagne Night










バレンタイン前日

○○○の手には小さい紙袋がひとつ。中には特別に作ったショコラスイーツが可愛らしいラッピングに包まれている。反対の手に持つバスケットの中にはカップケーキやマドレーヌが複数

どのタイミングで彼等に渡そうか悩んだ結果、ひとまず王の剣が訓練している演習場へ足を運ぶことにした


王都城内を進み、開けた場所に出る。柱が崩れるように凭れかかったこの場所は彼らにとって演習場兼憩いの場だと聞いた。確かに王の剣、と呼ばれる特殊部隊のメンバーがちらほらと見える

○○○は辺りを見回すと、見知った女性が一人。クロウ、と声を掛けると彼女は振り返り屈託のない笑顔を見せた


「○○○!どうしたの久しぶり!」

「ふふ、久しぶり。明日はバレンタインでしょ?お菓子作りすぎちゃったから良かったらお裾分け」


バスケットを手渡すとクロウは中を覗いて歓声を上げる


「わあ、すごい!まさか手作り?お店顔負けじゃない?」

「良かったら皆で食べて」


クロウは後ろを振り向くとリベルトに声を掛ける。すげぇなと、さっそくマドレーヌに手を伸ばすとクロウに手を叩かれた。お礼が先でしょ!
いつものやり取りに笑うとニックスを探す。だが彼は見当たらない


「ねえクロウ、ニックス今日は休み?」

「ニックス?そういえばさっき呼ばれてどっかに・・・あっ」

「?」

「なるほどね、私たちはついで、ってわけね」

「えっ!ち、ちが・・・!」

「いいからいいから!あーもう、お熱いわね」


ニヤニヤと笑うクロウの意図に気付いたように、○○○は慌てて否定する。早く探してきなさいよ!そう背中を押されて、ニックスを探す為に元来た道を戻る














「悪いな、受け取れない」


聞き慣れた声と、どうして?と返す女性の声

とっさに通路に隠れるとそこにはニックスと王都城のメイドである女性の姿があった


「どうしてなんですか?だって恋人はいないって!」

「あぁ、だから気を持たせる様な事はしたくないんだ」

「受け取ってくれるだけで良いんです・・・私が勝手に想ってるだけだから」

「それなら尚更受け取れないな」

「なら遊びでも良い!」

「俺はもう”そういう事”はしない」


まさしく修羅場という奴だ。引かない女性と、頑なに拒絶するニックス

これ以上は聞いてはいけない、脳内で響く警告音に耳を塞ぎたくなるが、行動するより前にニックスの言葉が紡がれた


「だって好きなんです…!!」

「本命以外は、いらないんだ」


○○○はすっと血の気が失せるのを感じた。唇を噛むと金縛りにあった様に固まる足を叱咤して、気づかれないようにその場を足早に立ち去る

小走りになりつつもニックスの言葉が脳内で繰り返される



『本命以外はいらない』



執務室に戻ると、扉を閉めて背を預け、手に持つ紙袋を見下ろして震える。ニックスの本心は分からないが、彼の言葉をそのまま受け取るならこのチョコレートは渡す前から拒絶されたのだ

○○○が抱くこの感情が、特別なモノなのは分かっている。だが、好きなのか、どうしたいのかは自分でも分からない。なのに何故かツンと痛む鼻の奥、ジワリと滲む涙を拭うとため息をつく


「無駄に、なっちゃったなぁ・・・」


何度も練習して一番美味しくできた。イグニスにも試食してもらったお墨付きだ。捨てるに捨てられないし、自分で食べるには悲しすぎる味、人にあげるには想いが籠りすぎている。結局どうする事も出来ず鞄の奥に仕舞いこんだ








「あ、ニックスー!」

「おう、どうした」

「何よ素っ気ない返事!○○○には逢えた?」


ニヤニヤと笑うクロウにニックスは何のことだと首を傾げる


「○○○よ、○○○!あの子バレンタインにって、スイーツ持って来てくれたのよ」


ほら、と渡されるバスケットには焼き菓子が詰まっていた。なるほど、クロウが上機嫌なのはコイツのおかげか。自分と関係を強請る女性を丁重にお断りしてきた所だが、人の気配はなかった。生憎すれ違ったのかもしれない


「いや、会ってないな」

「せっかく来てくれたのにねぇ」


バスケットの焼き菓子に手を伸ばすと手を叩かれた


「これは私達の。アンタには特別なモノがあるんだから」



そう言って笑う彼女に、○○○を追いかけようかと思案する。しかしトラッドーの声で王の剣に集合が掛けられた。"特別なモノを受け取れるのはまだ先の様だ









ニックスの言葉を忘れるようにひたすら仕事に没頭する○○○は偶然会ったイグニスと昼食を共にする事にした。きっと一人だとくよくよ悩んで、深みにハマるだろう

季節の割に暖かい今日はベーグルをテイクアウトし、テラスで食べる事にした。○○○はサーモンとアボカド、イグニスは照り焼きチキンとオニオン、クリームチーズと生ハムの二つを選んだ。こういう時、細身の割にしっかりと食事をとるイグニスは男の子なんだな、と実感する


「まだ渡していないのか?」

「だって・・・」

「何を迷っているのか知らないが渡すだけだろう」

「迷惑だ、って思われたら・・・渡せないじゃない」


両手でホットコーヒーを持つと、指先でもじもじと紙コップをなぞる。昨日とは打って変わって意気消沈した○○○にイグニスは疑問を抱く


「昨日まではあんなに張り切っていたじゃないか」

「それはそうだけど・・・やっぱり・・・」

「はぁ・・・、なら一度渡して断られたら俺が貰ってやる」


それならどうだ、と中指でブリッジを持ち上げるイグニスに少し勇気づけられた。誰に渡すかは知らないが、ここまで○○○に想われる相手だ、無下に断る事はしないだろう、そうイグニスは確信しつつも背中を押す為に言葉を選ぶ


「ほんとにいいの?要らないって言われた物だよ?」

「しつこいぞ、渡したいのか渡したくないのかどっちなんだ?」

「わ、渡したいです・・・」

「なら行ってこい。要らなくなったら俺が責任もって食べてやる」

「うん・・・ありがとう・・・!」


どちらが年上か分からないな、笑うイグニスにようやく○○○も笑顔を取り戻す








○○○は午後からさっそくニックスを探そうとしたが、王の剣は急な任務でインソムニアを離れたそうだ

またすれ違いになってしまった・・・。もしかしたらクロウがニックスに声を掛けてくれているかもしれない。しばらくは執務室で大人しくしよう、そう思い業務に勤しむ

が、結局ニックスとは出会うことも無いまま終業時刻を迎えた。まだ、もうちょっと、と淡い期待を胸に1時間ほど残業してみるがニックスは現れない

これ以上此処にいても期待するだけだ、と身支度を整えて王都城を後にした


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ