dream

□執務室の憂鬱08
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『皆様こんにちは、唐突ですが、今日が何の日かご存知でしょうか』
テレビの中の女性リポーターはにこやかに視聴者に話しかける

画面に映る街はお祝いムード一色で、人々は両手一杯に花を抱えて歩く
王都城へ続く道もまた、沢山の鮮やかな花で飾られている


今日はルシス王国を治めるレギス国王の聖誕の日

首都インソムニアでも国王を祝福するため、街中で賑わいを見せていた









これはとある王族専属の庶務室の特別な記念日










08.祝福










○○○は鏡の前に立ち、何度目かも分からないため息をつくと、バクバクと鼓動を刻む心臓を押さえつける
丁重に、それはもう丁重にお断りして辞退はずなのに、どうして自分は今煌びやかなドレスに身を包んでいるのか

鏡に映る、普段とはかけ離れた自分の姿を見てまた、零れる息


レギス国王の誕生を祝して毎年行われる式典。王都城内では来賓を招き、盛大なパーティーが行われる
○○○も例外ではなく毎年この時期は忙しなく奔走し準備に追われていた


だが今年は更なる試練が○○○を待ち構えていた


事の発端は数か月前。式典の準備の為、来賓リストに加え国内の出席者リストを確認していた時だった。クレイラスは顔合わせの意を含め、アミシティア家の長女イリスを列席させる様に手配を指示をした

初めて経験する正式な公の場にイリスは緊張し○○○を頼った。幼い頃から家族のように接してきた二人は実の姉妹同然であった

当然○○○も出席するものと思い込んでいたイリスだが、○○○は毎年列席を辞退している。国内で式典に参列出来るのは王族、高官の一族、そして招待された”相応の家柄”の人間のみ

本来自分はアミシティア家でもなければ、王と一切の関わりを持たない部外者である、当然出席どころかその場に居合わせる事自体がおこがましい事だ

その事実を知ったイリスは怒った。王や高官の血筋でなくとも、私たちは家族なのに・・・。言いかけた言葉を飲み込み、王都城でクレイラスの補佐として執務を取り仕切る○○○が出ないなんておかしい!と涙ながらに訴えるイリスだったが、○○○は頑なに首を縦には振らなかった


兄であるグラディオラスに、父であるクレイラスにも、そして○○○を一番良く知るノクティスにも相談した。どうにかして○○○を参列させたい、繋がりが無くても自分達は家族だと、イリスは必死に懇願した。勿論ノクティス達も以前は同じ事を考えていた。何度も声を掛けた、だが○○○は頑なに拒否したのだった


○○○は言った

一度甘えてしまえばどんどん自分は貪欲になる。底なし沼の様にと暖かい世界に手を伸ばしてしまう事が怖かった、その為の線引きだ。今のままでも十分恵まれている、それ以上を望む事は無い

そして何より自分の存在に負い目を感じていた。運良く王の関係者に保護されただけで、何処の出身かも分からない。そんな人間が彼らの隣に立てる訳がない


聡明な○○○が自分で選んだ立ち位置を、周りの人間は言わずとも理解している。だからこそ○○○に無理強いは出来ない。だがイリスの気持ちも分かる


話は平行線のまま、式典の準備は着々と進められた








「ねえ○○○さん、どーーーしても駄目?」

「可愛いイリスのお願いでもこればっかりは、ね」

「一人じゃ不安だよ…」

「グラディオやノクティス王子だっているじゃない」

「それはそうだけど…」

「ごめんね、でも出席は出来ない、。だけどイリスに似合うドレスと、素敵な髪飾りを一緒に選ぶ事は出来るわ」

ニッコリ微笑むと分厚いカタログを手に、使用人を交えてあれでもない、これでもないと盛り上がる

「あっ、これ!○○○さんに似合いそう!」

イリスが指差したドレスに苦笑いをする

「こんな露出の多い格好、恥かしいわよ」

普段カッチリとオフィスカジュアルに身を包む○○○が肌を晒す事は滅多に無い

「えぇ〜似合いそうなのにー」

頬を膨らませるイリスの顔に両手を添えると、頬をむぎゅっと摘まむ

「それよりちょっと太ったんじゃない?せっかくドレス着るのに勿体無いわよ」

そのままムニムニと頬を撫でる

「えっ!やっぱり気付いちゃった!?やだー!!どうしよう!!」

大袈裟に騒ぐイリスに、夕食のデザートは無しにしようと決めた使用人だった






漸くイリスも諦めたのか、式典の話題は口にしなくなり、王都城内は人の出入りが増える。○○○も日が近づくに連れて毎日慌ただしく過ごし、あっという間に式典前日を迎えた

各国から送られてきた花々、パーティーの為に取り寄せられた美しい食器の数々、食材の手配、来賓の宿泊先、手配した分厚い資料と睨めっこする○○○
その様子を横目で見ていたのは、グラディオラスから逃げ隠れているノクティスだった

「とりあえず、大丈夫かな…」

ふぅ、と大きく息を吐く○○○に紅茶が差し出された

「お疲れ、終わったんなら休憩しろよ」

ノクティスが自分に紅茶を淹れてくれるなんて珍しい、笑顔で受け取るとソファに移動して紅茶を口にする
一口、二口。鼻を抜ける茶葉の香りに疲れた身体が生き返る様だ

ノクティスはバレない様に息を呑んでその様子を見守る

カップの底が見えた頃、○○○の意識は突然襲われた睡魔により朦朧とし、今にも倒れそそうになる。すかさずノクティスは手からカップを抜き取ると○○○をソファに横たわらせた

心配そうなノクティスの顔を最後に○○○の意識は途切れた















○○○が目覚めると見覚えのない天井。ベッドから身を起こすと、そこはノクティス王子の部屋だった。シーツを退けると着ていたはずの服が無く、下着1枚。慌ててシーツを戻して意識を失う前を思い出す…

式典の準備をして、王子と紅茶を呑んで、そして・・・


そして・・・、途切れた記憶から先は何も思い出せない。しかしこの部屋に王子は不在の様だ
とりあえずシーツを纏ってベッドから出ると、テーブルには1枚の書き置き


『8:00に迎えに来る』


時計を見ると針は7:45を指している。あと15分しかない。椅子には黒色の布が1枚掛けられている
これは…、見覚えのあるそれを手に取り広げると○○○は溜息を洩らした。これはイリスが自分に似合う、と指差したあのドレス。まさかこんなことになるなんて…

ガックリと項垂れる○○○だが、そんな事をしている間にも時計は時を刻む


あと10分


こんな露出の多いドレスでは下着を着ける事は出来ない…、下着のホックに手をかけて躊躇う。このままシーツを翻して逃げ出すか、諦めてドレスに身を包むか…


残り時間はあと5分


グルグルと回る○○○の思考を断ち切る様に、扉をノックする音が響いた


返事を待たずに入って来たのはノクティス王子、ではなくノクティスの乳母。○○○もよく知る人物であった

「おはようございます。さあさあ、早く着替えてくださいませ。お化粧をして髪を結って、やる事は沢山あるんですよ」

パンパン、と手を叩くと呆けている○○○の下着のホックを外す。慌てて前を押えるも、手からドレスを抜き取られて逃げる選択肢は無くなった

後はされるがまま、人形の様に着飾られ、いつの間にか若い使用人まで集まって化粧を施され、髪を弄られた












待ち合わせの時間9:00ピッタリに自室を訪れたノクティスはノックもせずに扉を開ける。彼が目にしたのは、胸元から背中までが大きく開き、惜しげもなく肌を晒す、漆黒のマーメイドドレスを纏った○○○だった

マジかよ、女は化けるっつーけど、これは、もう別人じゃねーか?

普段は洋服で隠されている谷間はくっきりと主張し、豊満な胸は一歩踏み出す毎に柔らかく揺れて視線を釘付けにする
長い髪は珍しくアップに結われ、髪にはキラキラと光る装飾が施されていた

「○○○…だ、よな?」

「それ以外に誰に見えるんですか」

目の前の女性から発される声は○○○のモノだ。かなり不満気な様子にノクトは苦笑いをする

「騙しましたね、何が休憩ですか」

「悪かったって」

「しかも、こ、こんな色々・・・、見えすぎるドレスを選ばなくっても…」

自分の身体を抱くように隠し 一歩下がる

ノクティスは更にキツくなる胸の谷間から目を反らした

「あー・・・それはイリスの趣味」


「ねぇ、ノクティス様、私…やっぱり、出られません」

「駄目だ」

きっぱり断られた。落としていた視線を上げると、そこにルシスの礼服を着込み、いつも垂らされている前髪はキッチリと後ろに撫で付けられていた。王子として恥ずかしくない様に背筋を伸ばして前を見据える。ノクティスの目線に射抜かれる

「もう逃げんなよ」


ノクティスのその言葉に目頭が熱くなり、グッと堪える


「大丈夫、お前は俺達の家族だろ」


そう続けられて、滑らかな背中に手を添えられた。堰を切ったように溢れ出る大粒の涙を、今度は堪えることが出来なかった
あんまり泣くと化粧が落ちるぞ 、そう笑われて背中を軽く叩かれる
幸せ過ぎてどうにかなってしまいそうだ、○○○は止まらない涙を拭いながらノクティスに微笑んだ








式典の始まりは11:00。王都城の周辺には花を手にした沢山の国民が集まり、王の姿を待ちわびている
ルーフバルコニーには既に高官や、その親族たちの姿が並んでいる。皆、黒い礼服に身を包み、王の到着を待つ


暫くして中央を割るようにレギス国王と、一歩後ろ歩む嫡男ノクティス王子が姿を見せる

国民からは割れんばかりの歓声と祝いの言葉。レギスはゆっくり手を掲げ、群衆を制する。ピタリと止む声に一拍置いて、王は国民に語り掛けた

『平穏な今日という日に感謝する
いつかこの身果てる時が来ようとも、このルシス王国は守り抜く
国民の幸せこそが我ら王族の誇りなのだ』


王の言葉はテレビやラジオを通して、全国民へと届けられた
愛する者と、大切な家族と、幸せな時を共有出来るのは国王の存在あっての事なのだと。人々は微笑み、時には涙を流して、今この日を過ごしているのだ


レギスもまた遠い地の果てまでを見渡し、この幸福を噛み締める


王の言葉を聞き終えた国民は更なる歓声を上げ、色とりどりの花を宙へと放った
レギスの目に映るのは、心から笑みを浮かべる国民と七色に広がる一面の花畑だった


ノクティスは眼下を眺める父の後ろ姿を見つめていた。大きく、広い、王の背中。この背中を踏み越えて、いつか自分がその場に立つのだろうか。不安気に揺れる視線は誰も気付かない




王の挨拶が終わると、一同はホールへと移動する。他国の重鎮が一堂に会するこの場は、互いに含みのある会話を取り交わして腹を探り合っていた

「しっかし馬子にも衣裳っつーか」

「やっぱり私が選んだ通り!」

「あぁ、よく似合っているな」

「最初誰かマジで分かんなかったしな」

「もっと早く出ときゃ良かったんじゃねえか?」

「だな、こいつ結構頑固だし」

「あっ、それは言えてる!」


○○○に好き放題な感想を述べるのはこれから国を支える面々

「好き勝手言わないで、あと有難うイグニス」

彼らの後ろを歩く○○○は引き摺る裾を踏まない様に、意識を集中させていた
真っ白な肌から天使の羽のように浮かび上がる肩甲骨、締まったウエストからヒップラインにかけては緩い曲線を描き、ドレスの裾が流れ落ちる

目新しい令嬢に若い男達は浮足立った。政略結婚をするにしても見栄えは良いに限る。抜け駆けさせまいと互いに視線で牽制を始める周囲にいち早く気がついたのはイグニスだった

「○○○、イリス、こちらへ」

壁際に二人を誘導すると、グラディオラスに耳打ちする
あー、まぁ、だろうなぁ。周囲を一瞥して鼻で笑うと二人に向き直る

「ここは悪いムシだらけだからな、大人しくしてろよ」


ボーイからドリンクを受け取ると二人に手渡し、この場から動かないように釘を刺す
グラディオラスもイグニスもそれぞれ役割がある、両親について挨拶に周り顔を売らなくてはならない

取り残された○○○とイリスは壁の花となった

「ねぇ今日はルナフレーナ様は来られないのかな…」

「招待状はお出ししてるけど…帝国が快く送り出すとは思えないわね」

「ノクティス王子、やっぱり会いたいんじゃないかな」

イリスが胸に抱く恋心には気付いている、それでもノクティスの心情を優先して気を掛ける、この子は本当に優しい子だ

二人の視線の先、大人しく王の後ろに控えているノクティスの姿

「どうかしら、きっと寂しいとは思うけど…、彼には私達がいるから」

声をわざと明るくし、イリスにウインクを飛ばすと、テーブルに並ぶ数々のデザートに話を変える

「何か食べましょうか?」

「うん!苺のタルト、美味しそう〜!」

所詮二人は色気より食い気の様だ。パティシエに声を掛け、小皿にケーキを盛り付けて貰う。仕上げに、と飴細工を乗せられ手渡される
壁に戻るとフォークでゆっくりと苺を刺すと口に運ぶ。ジュワっと広がる果汁が喉を潤した

「しあわせ・・・」

「んぅ〜、やっぱり美味しい」

「それは良かった」

ケーキから目を上げると、そこには挨拶を終えたレギスの姿があった

「レギス陛下!」

○○○とイリスはケーキをサイドテーブルへ置くと駆け寄った

「「お誕生日、おめでとうございます」」

声を揃えてにこりと微笑む2輪の花にレギスも笑顔を浮かべる

「あぁ、ありがとう。二人共、良く似合っているな」

容姿を褒められイリスは照れ笑いを浮かべる

「○○○、待っていたよ」

レギスに微笑まれ、思わず○○○は震える手で、杖を持つレギスの手に触れた。レギスは反対の手を○○○の手に重ねると軽く撫でる

○○○の目から、また暖かい涙が零れ落ちた


「お待たせして、ごめんなさい・・・ありがとう、ございます」

お父さま、周囲には聞こえない程小さな声でそう零した








ルシス王国に幸あれ!!









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下書きにはグラディオvsコルってかいてたはずですが



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