長編[ソーマ]

□2011年
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2011年12月


マフラーに顔を埋め、まだ陽が高い明るい道を歩く詩音


冬休み前のテスト期間だ


順位の心配はしていなかった


ただでさえ目を付けられていて、厄介者扱いをされているのだ


せめて成績だけは良くしておかないと、面倒くさいと考えていた


成績を良い状態で保っていれば、教師陣は何も言わない


そのおかげか、今のところ退学処分になる様子はない


大学まで行きたい詩音にとっては、有難い話だが


普段から勉強はしている


テストも基本的に全ての問題を埋めて、回答は提出している


これまでだって、テストで20番より後ろになった事は一度もない


中学最後のテストだって、5位以内には入っていた


1位になった事だってある


頭は悪くないつもりだ


だからこそ、テスト順位の心配はしていない


気にするとすれば、前回よりも上がったか下がったかくらい


「ねぇねぇ、どっか寄ってかない?」


「いいね、どこ行く?」


「新しく出来たカフェ行こうよ!勉強もできるしさ」


詩音「・・・」


周りの会話を聞きながら、ひとり静かに歩く


あの噂が広まってから、彼女に話しかける者は誰ひとりとしていなかった


よって、友人などいない


幸い、イジメにはあっていない


だが孤独なのも、イジメられている人間同様の気持ちを抱く


なぜこうなってしまったのか・・・


私が何をしたと言うのだろう・・・


あの噂がない所で、新しく始めようと思って地元を出て来た


誰も知り合いがいない高校を選んで受験して、合格した


少しレベルの高い高校だったが、それでも心機一転できるのならと頑張った


その頑張りを、否定された気分になった


どこからあの噂が広まったのかは、わかっていない


だが、心当たりがある


ひとり、お喋りな教師がいる


学校ですれ違うと、いつも気まずそうに目をそらす


あぁ、どうせこの教師が口を滑らせたのだろう


なんて迷惑な・・・


詩音「・・・・・・あ・・・スーパー・・・」


進行方向を変え、スーパーへと向かう


買い物を済ませて帰宅するが・・・


詩音「・・・ただいま」


一応、声をかける


まあ言ったところで、反応などありはしないのだが


一人暮らしなのだから、当然と言えば当然だ


だが、たまに・・・


詩音「・・・いたの」


母「・・・なに?いちゃ悪い?誰がここの家賃を払ってると思ってんだか」


詩音「・・・・・・」


母「それよりあんた、帰りが早いんじゃないの?まさかサボりだなんて言わないでしょうね?」


詩音「テストだから」


母「あっそう」


こんな風に、たまに母親が来ている


父親と喧嘩する度に、ここに来ていた


母親だけが、ここの合鍵を持っているからだ


父親とは、もう何年も会っていない


母親からは、もう何年も名前で呼ばれていない


「詩音」と呼んでくれる人は、もう誰ひとりとして存在しない


来ると言っても、長くても3日程、短ければ翌日には帰る


親子らしい会話なんてしない


捨てられた子供なんて、そんな扱いだろう


完全な天涯孤独の身となるよりは、よほどマシな状態だと思ってはいる


それでも・・・


誰も、自分の事を知らない世界があるのなら・・・そこでなら、私は平和に生きていけるのかな・・・


そう考え、望んでしまう事がある




















翌朝、母親の姿はなかった


今回は最短日数だったようだ


ちょうど良い


昨晩は母が気になって、勉強に集中ができなかった


少し早いが、学校に行って勉強するとしよう


いつものように朝食を済ませて皿を洗い、制服に着替えて身支度を整える


玄関でスマホを確認すると、時刻は午前7時


学校までは15分から20分程度だ


十分に時間がある事を確認し、家を出た


冷たい風が頬を撫でると、少し身震いをしてマフラーに顔を埋める


今日は、テストの最終日


そして同時に、彼女の最終日でもあった


最期にゆっくりと見上げた空は・・・


教室の窓からよく見ている、だがいつもより高く感じる青空だった−−


詩音「・・・・・・高いな・・・」


その呟きは誰の耳にも入らず、空気に溶けて消えた


眼鏡のグリップを右手の中指で上げた時に鳴った、カチャリという小さな音なら−−響いた気がした
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