STORY

□長い言い訳
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小さな手から空にのびる風船を、キラキラ輝く瞳で見ていた。
だけど、大事にしていた風船はその小さな手から離れ空へと消えた。


真っ白な雲に映えるオレンジ。
あの風船は、いったいどこに消えたのだろう。




Side Haruna


眠すぎて長い長い瞬きになってきた目を、あと5分だけだと必死に睡魔と戦う。自分の首が前に落ち、その重さで慌てて起きる。そんな無意味なことを、結局1時間も続けてしまった。明日の朝も早いのにね。
もう我慢の限界ってところで、携帯のディスプレイが明るくなった。待ちわびていたそれに、着信音が鳴るより先に電話に出た。


「っもしもし!」

「はやっ!」

「待ってたんだもん!」

「ごめん!仕事が長くて…ごめんね?」


電話越しにいる人物は、物心ついたときから隣にいたはずの幼馴染み。家の距離だけじゃなくて、心の距離がさらに近い関係のひと。


私には学生時代から抱いていた長年の疑問があった。周りの友達がさほどかっこよくない男の子やどこにでもいるような女の子と恋に落ちるのを横目に、『どうしてあの子たちに簡単に恋人ができるのに、優子はできないんだろう?』といつも考えていた。
でもこの疑問は優子も私に対して思っていたらしく、なんで私達には恋人ができないんだろうね、と真剣に悩んだ。

結果「優子より陽菜のこと理解してくれる人いると思う?」「いたらショック」、「優子より優しくしてくれる人いるかな?」「いないかも」みたいな感じで、優子をこえられる人はいないんだということがわかった。


結局二人の関係を壊せるほどの人物は現れず、現在の二人の関係は幼馴染みでなく恋人になった。
そして現在にいたっても二人の関係を壊せる人物はいない。



「遅くなるなら、連絡くらいしてっていつも言ってる」

「それもできなくてさ…気を付ける」


そして今では遠距離恋愛なんて、人生で一番二人の距離が離れた場所で別々に暮らしている。

もともと遠距離を始めさせたのは私のせいだ。
仕事の都合でどうしても遠くへこなくてはいけなくなった。新幹線に乗って約2時間。それが今の二人の距離。



会えないのに、恋人の関係を続ける意味を自分自身が見いだせず、だからといって全くの無関係にもどることも想像できず。
結局自分で何も考えられない私は、ただ転勤先の家の鍵を優子に渡した。

仕事の関係上、陽菜は遠くに行くとだけ伝えた。別れようとも待っていてほしいとも言わず。
だけど優子は、”毎日電話しようか”って言った。それから続いている習慣。


ここの家の鍵を優子はもっている。だけど一度もその鍵を使ってここに来ることはなかった。



「今日は?どうだった?」

「んー、ふつうー」

「そう。それはよかった。何もないってことが、一番幸せだよ」

「でもゆうちゃんには会いたかった」

「あはっ。おなじー」


いくら便利な世の中になり、国境も時間も関係なく自由に話せても、そばにいる熱を感じられないなら意味はない。

どれだけネット世界で悪口を言うのに慣れていても、面と向かって相手に悪口をぶつける勇気はないと思うし、いくら愛情も向けられても、無機質な媒体を通してしまえば耳元のつぶやきなんてないに等しいだけだ。



「あーいーたーいー 」

「ふふっ。嬉しいけどさ。ほら明日も早いんでしょ?寝なよ」

「ゆうちゃんいないと寝れなーい」

「いままで寝てこれたくせに」

「やだぁ。ゆうちゃん抱き枕にしないと寝れないのー」

「何歳児だよ!」


今日も電話した、という事実だけを残す。

遅い時間に相手の時間を奪うことに気を使っているからなのか、優子の優しさなのか。
幼馴染みとして交わした約束の続きなのか、恋人としての愛情なのか。



「しょうがないなぁ。じゃ、目つぶって」

「えー?」


今目をつぶれば眠ってしまう。それくらいには眠かったはず。
でも、べつに言葉があるわけじゃなくても、どこにいても伝わるものはある。



「はい。これで寝れるでしょ?」

「ふふっ。寝むれなーい」

「なんでよー!」

「だってゆうちゃんっ…ふふっ。むしろ寝れない」

「おやすみのちゅって感じだから!」

「えー?そうだった?」

「もぉー!」

「えへへー。ごめーん、ゆうちゃん。続きは夢のなかのゆうちゃんに誘惑しとく」

「こらこら。おかしいから」


眠れないと言えば、それなりに満たしてくれる。
だからってわがまま言って困らせたいわけじゃないんだ。

だからいい子になったふりして、聞き分けよく大人しくする。



「もー、寝なね?一人で朝も、ちゃんと起きるんだよ?」

「モーニングコールは?」

「明日わたし、午後からで、ゆっくりだからむりー」

「えー、ずるい!」

「いいでしょー。陽菜がんばれー」


自分は明日遅いからいくら夜が遅くなってもいいのかもしれない。
こういう無神経さにどうしようもなくなる。

相手を気遣う気持ちが少しずつ薄れていく。これが、距離というものか。


距離が遠いとケンカもできない。甘えることも、本音だって言えないのに。



「じゃあね?今日、遅くなってごめん」

「もー謝らないでいい」

「…うん」

「あ」


そこで今日、優子にどうしても伝えたかったことを思い出す。
なんのために眠い目を何度も擦って耐えていたのか。



「なーに?」

「陽菜、そろそろ東京にもどってもいいらしい」

「………」


え、無言?
もっとなんかあると思ったたんだけど。
結構な爆弾級なニュースなはずなんですが。



「あの…ゆうちゃん?」

「え…あ、うん。そっか、もうそんなになるんだ」

「うん。それだけ」

「また決まったら連絡して」

「わかっ、た」


優子の浮気を疑ったことはないけれど、今の間はなんだったのか。
私と同じように陽菜以外に好きな人ができるはずないと勝手に思っていたけど、ほかに大切な人とか優子にできるのかな?




人生ではじめて陽菜と優子が距離的な別れを経験して、もうこれ以外の別れなんてないと思ってきた。


それなのに陽菜たちはまた、もっともっと遠くまで離れなければいけないのだろうか。
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