ワールドトリガー
□第11話
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クリスマスが過ぎれば、年末年始もやってきて、忙しない日々が続いた。
『年明け早々駆り出されるもんですね』
「まぁ仕方ない」
「こっちは終わったわよ」
「俺の方も終わりました」
玉狛第一での防衛任務を終えれば、ボスから連絡がくる。
『《はい、こちら国城》』
「《瑠唯、お前そのまま本部に行ってこい》」
『《また城戸さん?》』
「《何言ってんだ、明日ボーダーの正式入隊日だぞ》」
『《あぁ、そういえば…。わかりました、このまま本部へ向かいます》
…ってことで、私は本部へ行きます。みんなお疲れ様〜!』
「ああ、お疲れ」
「お疲れです」
「気をつけていきなさいよ」
『はーい』
3人と別れ、本部の狙撃手の訓練場へ行けば、賢と東さん、それと哲がいた。
「!瑠唯さん!」
「あっ、瑠唯さん…」
「国城、遅くまで任務ご苦労さん」
『ありがとうございます!東さんもお疲れ様です』
賢を中心に4人で明日の打ち合わせを行い、トリガーの確認やら、的の確認やらを一通り行った後、忍田さんへ問題なしだと報告して、もう一度確認してから準備を終える。
『案外早く終わりましたね』
「まあ始まる時間が遅かったから、時間は遅いがな」
「げっ、ほんとだ、もう22時かあ…」
『なに、文句あんの賢』
「ないです」
「佐鳥、家まで送るぞ」
「ありがとうございます東さん!」
『えーいいなあ。私もレイジさん召喚しよっと』
と、ケータイでお迎えを呼ぼうとすれば、あ、俺送ります。と哲が言った。
「今日バイクなんで」
『おお!じゃあお願いしよーっと』
「じゃあ気をつけてな、二人とも」
また明日〜。と賢と東さんと別れ、駐輪場まで向かう。
「支部でいいんですよね?」
『うん。悪いね』
「いや、帰る方向ほとんど一緒なんで」
あ、ヘルメットです。と被せられ、どうぞ。と呼ばれる。
エンジンをかけ、バイクに跨る哲。
…なんか、またおっきくなったのかなあ。
「?どうかしました?」
『…哲、身長伸びた?』
「いえ、多分変わらないですけど」
『そっか』
私も跨り、哲の上着を握っていれば、しっかり掴まってください。と笑いながら言われ、手を前に回された。
「トリオン体じゃないんで、落ちれば痛いじゃ済みませんよ」
『…ギュッてしていいの?』
「瑠唯さんがいいなら。俺はその方が色々と嬉しいんで」
『……哲、モテるでしょ』
ジト目でそう言えば、んー。と考える素振りをし、ニヤリと口角を上げた彼。
「まぁ、否定はしないです」
『ウザイ』
「いて」
一度背中を叩いた後、ギュッと抱きつくように腕を回せば、行きます。とバイクを走らせる哲。
支部まで向かっていれば、途中で市街地のネオンが綺麗に見えていた。
『(綺麗だな……)』
…まるで、ネイバーなど存在していないかのような。そんな風に思わせる明るくて綺麗な街明かり。
自分がいる世界とは、随分程遠いな…――。
「…ちょっと寄り道します」
『え?』
「飛ばしますよ」
『えっ、わっ!ひゃっ!はいっ!?』
突然のことに敬語になり、前でくくっと笑う哲に、降りたら1発だなあ。なんて思いながら、じっとしていれば、いつの間にか着いた小さな丘。
『うわあ…!すごい!』
「って言うと思ってました」
『よく知ってたね、こんな場所』
「前に北添とツーリングの途中で見つけたんです」
『へえ、ゾエくんと!』
凄いなあ…と、感嘆の声を上げれば、瑠唯さん、と名前を呼ばれる。
『ん?どうした?』
「…瑠唯さん、嵐山さんと付き合ってないんですよね?」
『うん。付き合ってない』
柵に体重を預け、街を見下ろしたままそう答えれば、そうですか。と答える哲。
「…なら、ずっと聞きたかったんですけど、カゲとはどうなんですか」
『……』
ゆっくりと身体を起こし振り返れば、真剣な表情で私を見る哲。
『……クロとの関係はご想像におまかせで』
「カゲも同じように否定も肯定もしない。一部の噂じゃ"そういう関係"だって言われてますよ」
『じゃあ"そういう関係"でいいんじゃない?』
飄々と答えれば、手首をぎゅっと掴まれた。
「…アンタのことを、真剣に想う人は居る」
『ちょっと、なに急に…』
「どんな立場であっても、瑠唯さんに恋愛対象にされてなくても、アンタの隣に居たくて頑張る奴が、ちゃんと居る」
『!』
掴む手に力が篭り、思わず眉を顰めれば、一瞬力が緩まり、そのまま引っ張られた。
「俺だって、そのうちの1人だ」
『てつ…?』
「好きだ、瑠唯さん」
『…っ!』
ぐっ、と力を込めるも、生身で男の子の力に敵うはずもなく、ただ抱きしめられるだけだった。
「…俺じゃ、ダメですか」
『だっ、て…哲はそういうんじゃ…』
「……嵐山さんにも同じこと言いました?」
『!…言ってない……』
「………そうですか」
身体が離れると、眉を下げたまま私をじっと見つめる哲。
「…もし、今ここで俺がキスしたら…瑠唯さんは俺の事嫌いになりますか?」
『…ならない。そもそも、哲は優しいからそんなことしない』
「はは…」
さすが師匠だ…。と呟く哲に、ごめん。と言いえば、大丈夫です。と返ってくる。
「…瑠唯さんが、もっと悪い人だったらよかったと、心底思いますよ」
『高校生をこんな時間まで連れ回してんだから、十分悪い女だと思うよ』
「!……そうですね」
『ちょっと、そこは否定してよ』
バシバシ背中を叩けば、痛いですって。と笑う哲。
「……瑠唯さんに振り向いてもらえるよう頑張ります」
『そういうの、私の居ないとこで言ってよね…。あと本気になるなら、まずは水泳と犬を克服することから始めようか?』
そうイタズラっぽく言えば、苦い顔をして、頑張ります…と返事をする彼。
再びバイクに跨り、今度こそ支部まで送ってもらう。
『ありがとう。遅くなっちゃってほんとごめん。親御さんにもちゃんと理由言ってね』
「はい。こちらこそありがとうございます」
『帰り気をつけなよ』
「大丈夫ですよ」
では。と、哲の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから中に入る。
『(…哲……ごめんね…)』
* * *
ジャケットを着ていても、冷たい風が身体に突き刺さる。
「(あんな顔するんだな、瑠唯さんも)」
『だっ、て…哲はそういうんじゃ…』
「(……そう言えば、あの時も衝撃だったな…)」
思い出すのは初めて彼女を見た時のこと。
「…すげえ……なんだあれ…」
C級の個人戦のブース。相手が誰だったかまでは覚えていない。ただ、小さなその人が戦う姿が、純粋に綺麗でカッコよかった。
「あ、玉狛の国城さんだ。なんか久しぶりに見るな」
「今は攻撃手の個人戦かぁ。さっきまで狙撃手の訓練場に居なかったか?」
「すげえよな、完璧万能手。全部出来るとかずりぃわ」
「完璧…万能手……」
"全部出来る"
その言葉はとてつもなく魅力的で、単純に強いと思った。
ボーダー内で完璧万能手なのは俺が入隊してから今も玉狛の木崎さんと瑠唯さんだけ。
でも、もしその完璧万能手がもっと増えれば、ボーダーの戦力は確実に上がるし、その"理論"をこの身で証明してみせれば、もっと増やせるかもしれない。
…ならば、
「俺を弟子にしてください」
『え…誰?』
「B級の荒船哲次です。俺、完璧万能手になります」
『…へえ。今ポジションは?』
「攻撃手です。マスターランクになったら狙撃手を始めます」
『ふーん…ま、とりあえずブースに入りなよ。5本勝負ね』
「え?」
『君が負けてもポイントの移動はなし。もし1本でも私から取れたら、マスターランクまでの残りのポイント全部あげるし、指導でもなんでもしてあげる』
「!…いいんですか?そんな条件」
『いいよ。その代わり、手加減はしない』
「(ボコボコにされたのも懐かしいな……)」
言葉通り、手加減一切なしで、基本首を飛ばされて終わった5本勝負。
手も足も出ないまま終わり、本当に弟子にしてくれるのかと思う程の結果だったが、瑠唯さんは、大人気なくてごめんね。と笑いながら、快く弟子にしてくれた。
しかもその後、半崎や穂刈が隊員だとわかれば、2人にも指導をしていたみたいだった。
「(…優しい人だよな、普通に)」
…まあ指導はかなりスパルタだが。
「…瑠唯さん……」
欲張った自分が、烏滸がましい。
…でもせめて、あの人の隣に立つ男が現れるまで…それまでは、隣で共に闘って、出来るなら、この手で守りたいとも思うんだ。