恐怖映画

□天邪鬼の努力
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「よお」
『ひぃっ!?』

カーナビには掲載されていない町アンブローズ。その町の住民は全て蝋人形で作られている。この町の創立者でもあるシンクレア三兄弟と誘拐され、世話係として働いている私を除けば。

その町の蝋人形を作る芸術家のヴィンセントとその双子のボーとその2人の弟のレスターが私の主人達である。

海外旅行で迷子になった私はこの蝋で作られた町に迷い込んでしまい。幸か不幸か「東洋人は飯が美味いし家事の役に立つ」という兄弟達の気まぐれでこの町の中のみで生かされている。

元々家事は日課だったものの、日々慣れない3人分家事に追われながらも、ヴィンセントとレスターはすごく優しく何かと手伝ってくれる。

しかし私が一番恐れている人がいる、それがボーだ。私を拉致して世話係にさせた張本人だ。初めてあった時暴力を振るわれ罵声を浴びせて脅した事もあり私はこの人を酷く恐れている。

毎日素っ気なく事あるごとに嫌味ったらしく文句を言う。その目を見るたび、私のせいで機嫌を損ねたりしていつまた殴ってくるか知れた事じゃない。だから私はずっとヴィンセントやレスターの側にひっついている。

そして現在食後の洗い物をしている私の真横に気配もなく現れ、カウンターに手を置き逃げ場を失われている。

『あ、の…お飲み物ですか?』
「……いや、そうじゃない。」

彼の声を聞くだけで喉がひゅうひゅう震えてしまう。目を合わせなければいけないのに、恐怖で顔すらあげられない。
皿の水滴が指に伝ってくる感覚とこの息苦しい威圧に耐えきれず涙が溢れてきた。

『わた、私…何かしてしまったなら…ごめ、なさい…』
「……」
『覚えてないけど…二度と間違いはしませんからっ、ど、どうか…』

打たないでください。と言おうとしたら胸元に甘い香りのする紙箱を押し付けられた。

『えっ』
「俺は食べる気ねえからお前が食え。嫌いだったらとっとと捨てろ」

そう言い捨てると私から皿を奪い、紙箱を押し付けるとお礼を言う間も無く何処かに行ってしまった(ちゃっかり皿をシンク台に置いてくれた)。

渡された紙箱越しに温かさを感じた。何だろうと袋を除いて驚いた。

『これ…隣町のケーキ…!』

しかも私が一番食べたかった人気のチョコレートケーキとチーズケーキ。そのた諸々が詰め込まれて宝石箱みたいに輝いていた。

彼らと出会う前からこの旅行で一度は食べてみたいと思っていた代物で、テレビに出ては半ば諦めていた。その感動もあってか私は飛び跳ねるほど喜んだ。

『うわあうわあ凄い!でも隣町まで随分距離あるし、だからボーさん帰り遅くなったのかな…?』

ウキウキしながら小皿を取り出すついでに、私だけが食べるのは勿体無い。甘いものが好きかわからないけれどこんなにあるんだし、皆も食べた方がいいかと思い4人分の小皿とフォークを取り出し、紅茶用の水を沸かす。

『でも、食べる気がないなら何で買ったんだろう…案外偏食家なのかな…』

少し疑問に思うけど、いつか必ずお礼をしようと思いながらケーキを取り分けた。



………

なまえがキッチンの奥でぴょんぴょん飛び跳ねながらわぁわぁと喜ぶのをリビングの奥からレスターとヴィンセントが覗いていた。

「(なまえすごく喜んでるね。良かったねボー)」
「ボーも隅に置けないなぁ。素直になまえの為に買ったって言えばいいのによお」
「うるせぇ喋ってる暇があるなら仕事に戻れ。」
「(でもボーには精一杯頑張った方だよね。)」
「へへっ、低血圧のくせに朝イチからトラック出して行列で女の子だらけの可愛い店に並んでたもんなぁ、いやぁ頑張った頑張った!」

レスターは思い出すと耐えきれず吹き出すと、腹を抱えて転がり笑った。

「いい加減に黙れレスター!その口接着剤で台無しにしてやるぞ!」
「うわっ!ちょっとした冗談だろ落ち着けよ」
「うるせぇ!」

レスターとボーがもみ合っているのをヴィンセントは一瞥し、なまえに目線を移すと蝋の仮面の向こうで穏やかに笑った。
「(でもボーのおかげで、なまえここに来て初めて笑ってくれたね)」

天邪鬼の努力
【『皆さんお揃いで。ボーさんがケーキを買ってくれたんです。お茶も用意したので良かったら食べますか?』
「はっ!?」
「おおありがとうなまえ!シュークリーム貰うぜ」
「(じゃあ僕はティラミス。)」
「はぁ!?おい待て!これはお前に…」
『あ、ごめんなさいダメでしたか?折角頂いて嬉しかったからつい…。あと、私にこんな素敵なものをくださってありがとうございます!』
「……いや、お前の好きにしろ。」

「「(何この扱いの格差)」」】


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