短編

□夏の朝
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その日は蒸されるようなような暑さだった。イアルは目を覚まし、布団から身を起こして朝食の準備をするエリンをみた。やはりエリンも汗ばんでいて、お互いが同じ時を過ごすのを伝えてくれるようだった。和やかな心地でしばらく眺めていると突如重い感覚が胸に広がった。この日々はいつまで続くんだろうか、と黒い思いが過った。こんなことを思ってしまうのも堅き盾だった身故だろうか。今となってはもうはっきりと思い出せるわけではないが、あの地震もそうだった。ずっと続くと思っていた日々を簡単に崩し去っていってしまった。人生なんてこんなものだ、と思って感情に蓋をして堅き盾として生きてきた。そうやって刺客を殺すことへの罪悪感にも蓋をして。自分の感じた感情も、痛みも、愛情も、いつか崩れ去るものだ、と。この先も蓋をして生きていくのだと思っていた。随分哀しい人生だな、と一人苦笑し、物思いから目を覚まし再び台所を見あげた。
「朝ごはんだよ」
とエリンがイアルを起こそうと大声で言いながら布団の方を振り返った。
「ああ、おはよう。」
エリンはイアルが起きていたことに気付いていなかったのか少し驚き目を瞬かせた。イアルはその表情に苦笑して立ち上がり、職人らしい手つきですばやく、丁寧に布団をたたみ始めた。
「おはよう。起きてたのね。」
「今日は暑かったからな」
普段は学舎での早起きが習慣付いているエリンがイアルを起こしているのだが、流石にこの暑さはイアルにも堪えたようだ。
「朝ごはん食べましょう」
エリンは目を見て微笑み、皿を食卓に並べ始める。
「そうだな」
返事をして並べるのを手伝い始め、ふと幸福感に満たされた。エリンは夏の太陽だ。心の蓋を溶かしていくようだった。この一時を失いたくない、永遠に続いてほしい。エリンのおかげで哀しい人生とはまた違う一生になりそうだ、とイアルは一人この一時を噛み締めたのだった。

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