刀剣乱舞

□驟雨
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 秋の夕立は、冬を運んでくる。屋根瓦を叩く雨音は強く、木の葉を地面に叩き付けた。唸るように聞こえてくる雷鳴は光の刃を携えて、暗い空を時折つんざくように、定まらない動きで切り裂く。足元から忍び寄る冷たい風が、服から水を滴らせる男士の体を冷やした。
 遠征に出ていた第二部隊は、服を絞るのも程々に風呂へと連行されていく。万屋へ買い物に出掛けたこの本丸の主人とその近侍は、まだ帰ってこない。



「雨、止まないな。」

 万屋の軒下、空を覆う真っ黒な雲を見上げながら、薬研が言う。雨樋に当たって弾けた細かな雫が頬を濡らす。審神者は買ったばかりの荷物を胸に抱き、それが濡れてしまわないよう庇った。

「もうじき止むと思うが、どうする? 傘買ってくかい?」

 審神者の隣に並びながら、薬研は問う。審神者は少し迷った後、首を横に振った。

「すぐに止むのなら、もう少し待ってみましょう。十分待って止まなければ、その時にまた考えれば良いかと思います。」
「そうか。お天道さんの機嫌、取らないとな。」
「ふふ、そうですね。」

 審神者は楽しそうに笑うと、荷物を持ち直す。小さな荷物だがとても大事そうに抱えているところを見るに、余程大切な物なのだろう。持とうか、と開きかけた口を、薬研は閉じた。横目で見た審神者の顔は、愛しそうにその包みを見ている。
 面白くない。
 薬研の眉間に僅かに皺が寄る。猫や犬を愛でているなら、こんな不愉快さはないと言うのに。何を買ったのかは知らない。外で待っていてほしいと、審神者一人で万屋に入ったのだから。薬研は審神者から目を背けると、地を打つ雨粒を睨んだ。叶うならば。

「ねえ、薬研。」
「どうした大将。」

 己の名を呼ぶ声があまりにも優しく、胸に燻っていたものが煙のように消えていく。審神者の方を向き、自分より少し上にある目を見た。濃い茶色の瞳は、真っ直ぐに薬研を捉えている。

「雨、止まないといいですね。」

 審神者の頬は赤い。それが化粧のせいなのか、その下の肌のせいなのか、薬研には分からなかった。細められた目は柔らかく、薬研の胸を締め付ける。
 顔が何となく熱く感じ、審神者から目を逸らした。心臓が早鐘を打つ。まるで毒でも受けたような、しかし恍惚さもあった。嬉しい。

「そうだな。もう少し、降っててもらわないとな。」

 そう答え、薬研は空を見上げる。もう少しだけ、ご機嫌斜めでいてもらわなくては。
 空は暗く、厚い雲が覆い被さっている。遠雷は少しずつ、歩を二人の方へと向けていた。強くなる雨足は、帰路を絶っているようだ。



 夜。風呂を終えた薬研は、審神者の私室に呼び出された。近侍の仕事の言い付けだろうかと、緩めていたタイをしゃんと結び、白衣に寄った皺を手でさっと伸ばす。

「来たぜ、大将。」
「どうぞ中に。」

 落ち着いた審神者の声が聞こえ、薬研は静かに障子を開けた。すっかり寝支度を整えた審神者は、文机に向かっている。その体を薬研に向け、近くに来るよう手で示した。薬研は後ろ手に障子を閉めると、審神者の正面に座る。
 薬研が何か用かと口を開こうとすると、審神者はそっと手でそれを制した。 薬研は僅かに首を傾げ、口を結ぶ。
 審神者は薬研の反対側、自分の体で見えなくなっていたところから小包を取り出すと、それを薬研に差し出した。見慣れた、万屋の包みだ。薬研の目が見開かれる。

「……俺に?」
「ええ。」
「開けてもいいかい?」

 審神者は頷く。薬研は小包を受け取ると、そっとその封を解いた。
 中から出てきたのは、鋏だった。灯りに照らされ輝く銀は、なんとも美しかった。

「この間、欠けてしまったと一期一振に聞きました。いつも近侍を務めてくださる、細やかなお礼です。受け取ってください。」
「あ……ありがとう、大将。」

 薬研は顔を綻ばせ、大切そうにその鋏を持つ。不思議と手に馴染むそれは、まるで自分の為に作られたかのようだった。
 どういたしましてと笑う審神者の顔は、愛しそうに薬研を見つめていた。



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