(手の届かない人だとわかっていた)





「…あ、」
「どないしたん?」
「雪」

庭の敷石にふわり、と落ちてきた白い粒は瞬く間に吸い込まれ消えて行く。
そして、また一つ。
儚い夢のように。

「ボクには見えへん」
「あの石、ほら、また、」
「…ホンマや」

言葉と同時に背中が感じる熱。
その熱は、先刻まで確かに自分の中で同じ熱を分け合っていた人のものなのに。
まるで知らない物質のような冷たい熱となって私の心を急激に冷まして行くのだ。
そして何故彼がここにいるのかさえ、曖昧な現実となる。
低温火傷のように気付かないうちに浸食される熱。
やがてうっすらと景色を染め始めた雪が寒椿の赤い花にも降り落ちる。
私にも彼の赤い瞳を隠してしまえる術があればいいのに。

「…雪は嫌いや」
「…」
「汚い物みいんな見えへんように隠してまう…まるで自分見てるみたいや、」
「…」

何の事か、と問う声は出せなかった。
答えを聞かなくても、不安定になった彼の霊圧が全てを語っている。
何かを秘めた彼は決して手の内を見せない。
それを知る権利は私には無い。

「…汚い物が全て隠れたらその上に綺麗な物を並べればいい」
「随分と斬新な考えやね、」
「ギンの好きな物を私が並べてあげる」
「…おおきに」

クスリ、と笑った彼の吐息が耳を掠め、その熱が体に再び火をつける。

「ギンが誰を愛していても、何処かに行ってしまっても、私が並べてあげる…」
「何や今酷い事言わんかった?」
「…」
「なあ、」
「だから私を忘れないで」
「…」

言葉の代わりに強く抱き締められた腕が震えていたように思えたのは気のせいかもしれない。

「…全部知ってたんやね、」
「…」
「それ以上何か喋ってもうたらキミを殺さなあかん」
「…」
「怖ないん?」

ゆっくりと離れた腕が柄から刀を抜き、胸の前に刃が向けられる。
その刃で自分の体を貫けば、あの寒椿と同じ赤が私を染めるだろうか。

「そんなに悲しそうな顔をしないで」
「…」
「ギン、」
「…さよなら、やね」
「…」
「ボクにはキミを殺せへん」
「何故?」
「何故やろね」

静かに収められた刀。
近づく指先が知らぬ間に頬を伝い始めた雫を拭う。
そして、その触れた熱だけを残して彼は石に溶ける雪のように姿を消した。














市丸ギン




季節感まるで無視の反逆数日前のギンでした。
冬の冷たさがギンには似合うと思う。
熱と冷。






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