□alone
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戻りたいと思っていた平穏な日常は、何の感情も生み出さないものだった。






(今日も来た…んだ、)

ドアノブに掛けられた荷物を見てため息をついた。
2リットルのペットボトルと、冷凍の枝豆。

(解凍されちゃうのに…)

乾いた音を立てるビニール袋がまるで自分の心の中を表しているみたいに思えた。夏の最後の欠片みたいだったあの時間を懐かしむように秋が終わり、月は白銀色で夜を渡る。海まで歩いたコンバースからファー付きのブーツで歩く帰り道の乾いた空気にヒールの音が響いた。
黒猫のような仕草。
空まで届いてしまいそうな長い腕。
同じ放物線を描くボール。
熱い掌と、唇。
曖昧な出会いは終わりだけ存在していて、自分の感情に名前がつく事を否定し痛む心の奥の何かを隠していた。あの時。
今、ここに彼はいない。

(飲み過ぎた、かな、)

バッグの中から鍵を見つけられず、座り込んで荷物をひろげた。どう探しても見つけられず、先ほどまでいた店に戻ろうかと思い立ち上がると体がふらつきよろけてまた座り込む。
不意に海風が吹き込んだ気がして、顔を上げた先に、彼が、立っていた。
驚きに声が出ない。
何故、ここにいるのか。
何故、いつものように帰ってくれなかったのか。
何故、そんなに優しく笑うのか。

「…飲み過ぎだ、どあほう」
「か、んけい、無い、」
「…」
「…」
「忘れてよ、私の…事なん、か」
「イヤだ」
「…馬鹿」
「アンタもどあほうだ」
「帰って…」
「…イヤだ」
「お願、いだから…これいじょ、う混乱…さ、せないで…あなたは高校生…私、は、」
「歳は関係ねー」
「何、言って…」
「もう結婚だって出来る、16過ぎてんだ」
「けっ、こん…て、」

腕を掴まれ、体が浮く。壁に背中を押し付けるように立たされて黒い瞳が近付けられた。

「好きだ」
「…」
「何か言え、」
「…」
「…」

「…好、き」

強く抱き締められて息が出来なくて、抑えていた感情が零れ落ちる。鼓動の早さが脳にまで響き、それは痛く甘い痺れに変わった。
…恋は、したいと思って出来るものじゃない。気付かないうちに落ちて行くものだ。しかも、2人同時に。
そう言ったのは誰の言葉だったか。
『2人同時に』
きっと初めから同じだった。ただ逃げていただけ。初めて見たあの放物線を描くボールのように、恋を、した。

「…そんな声で言われると犯したくなる」
「っ、…した事無いくせに、」
「何でわかる」
「…なんとな、く」
「…教えてくれればいい」
「教える…って…、」
「気持ち良くなるヤリ方」
「そ…っ、そんなの教えられる訳無いでしょ!」
「じゃあ…一緒に考えればいいか、」
「ま、待って、」
「待てねー」

近付く唇を慌てて掌で止めると露わになる不機嫌な、瞳。

「何で止める」
「ここ外…っ、」
「中ならいーのか」
「そういう問題じゃ無いです」
「…一緒に眠りてえ」
「…」
「最初ん時みたいに」
「…眠るだけだよ?」
「…おー、」
「何か間があったけど?」
「…努力シマス」

拒む理由などある筈も無く。鍵を探すため、もう一度バッグの中に手を入れた。

「鍵が無いの、」
「それなら階段に落ちてた」
「っ、」

「どあほうだな」





明日、目が覚めたら季節外れの枝豆スープ付きの朝食を食べて。それから小町を連れて海まで散歩をしよう。
手を繋いで、同じ潮風を髪に受けて、コーヒー味のキスをして。



















出会い編。完了。
もちょっとお互いに悶々とさせようかなと考えたんですが…。そのうち番外で流川視点な感じとか。
三井先輩か誰かは出したいです(趣味)。
さて流川のお初はいつになることやら。

大人になると恋って難しくなっていく気がします。
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