□春花
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「跡部選手」

名前を呼ばれ、覚醒した意識に視線を上げる。
力の抜けた右腕から滑り落ちるラケット。歓声で揺れるスタンド。鼓膜を塞ぐ空気を消すために大きく息を吸い込んだ。

「ウィナーズハイだね、大丈夫かい?」
「…大丈夫だ、」
「じゃあインタビューを始めよう」

ボールボーイに拾われたラケットがベンチに置かれ、差し込んだ陽がフレームに反射する。視線の先に立つ、その姿が記憶を呼び起こした。
早咲きの桜の下、告げた言葉。それは自己防衛以外の何物でも無く。
やがて会う筈も無いと考える程に募る痛みを伴う感情だけが思い募り。

「先ずは優勝おめでとう、長いフルセットだったね」
「…yes」
「途中、腕を痛めているようだったけど」
「…」
「その影響を感じさせない程のブレイクゲームから一気に試合を決めた重要なポイントは?」
「…」
「…跡部選手?」
「…」
「いきなり英語が判らなくなってしまったみたいですが、」
「…本物か?」
「何だって?」
「彼女は本当に彼女か?」



隣りにいて、微笑み合うのは自分ではないのだ。
そう、あの日から。



「…知り合いの方がスタンドに?」
「ああ、」
「恋人ですか?」
「…いや、悪友とその恋人だ」
「感動的な再会は後でたっぷりとしてもらう事にして、インタビューを続けても?」
「すまない…続けてくれ、」

叶うならもう一度、桜色に染まる風の中でこの腕に抱きしめたい。記憶を巻き戻せるのなら。持っている全てに代えても放しはしないのに。

(あの日の花はもう散ってしまった)















end

桜の時期に書いていた景吾。会話は全て英語な感じです。本当は。

手塚と景吾にはすごく夢見ていてプロになって欲しいと。でもそうすると恋愛に関しては抑えてしまうような気がします。

散り際の桜を見るといつも景吾を思います。

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