Dream

□第二話 逃亡
1ページ/2ページ


『ミンス!』

やっと見付けたミンスの隣に立つ。


『兵の配置が換わっているな。どういう事だ。何か聞いていないのか?』


声を潜めて、ミンスに詰問する。だが、求めていた回答は得られず、静かに首を左右に振るだけだった。


ミンスの手には、弓が握られていた。武装する程、現状はまずいらしい。段々と状況が把握できてきた。


「先程、地獄へ送ってさしあげた」


聴こえてきた声はスウォンのもの。初めて聞いた。こんな凍える様な冷たい声。嫌な予感がして、塀をよじ登る。


『ミンス!お前も早くしろ!』


直ぐに振り返って、ミンスを呼ぶ。


正面に顔を戻した。“姉様!”と出そうになった言葉を、両手で口を塞いで呑み込んだ。


姉様が泣いている。ひどく傷付いた顔をして。その前に立つのはハク。スウォンは石畳の階段の上から二人を見下ろしていた。


『兵がいなかったのは、こういうことか』


スウォンの後ろには、多くの兵がいる。姉様とハクの二人は兵に囲まれている。最悪、最低な状況である。


『ミンス』


静かに呼んで、此方に顔を向かせる。


悲痛な表情を浮かべ、泣きそうになっている。ああ、そうか。こいつは、私達姉妹とハクの味方か。良かった。


『何でもない。…………ありがとう』


回らない頭で、どうすれば良いのか考える。スウォンとハクが戦ったが、四方八方からの槍がハクの動きを止める。


二人の会話の内容が、上手く頭に入ってこない。


キリキリという音が隣で聴こえて、ゆっくりと顔を向ける。


そうだな。姉様を助けなければ。


塀から飛び降り、辺りを見回す。今のところ、兵はいない。


『ミンス。隠れられる場所を探す』


矢を放った後、ミンスと共に走り出した。


「ハク将軍っ。こちらです」


姉様を抱えて走るハクを、城内の木々の奥へと案内する。


「姫様…陛下は…本当に、亡くなられたのですか?」


コクリと、首を縦に振った姉様は、只涙を流すばかりで、表情が無い。


『ハク。父上が…………父上が亡くなったということは………………次の…王はスウォンがなるのか……?』


震える声を押さえ付けて、言葉を絞り出す。


「…………」


ハクは何も応えてはくれなかった。が、その無言が肯定を物語っている。少なくとも私は、そう解釈した。


どうすれば良い?城にいれば直ぐに殺される。だが、城から出たところで行く場所は無い。何より、一人では生活出来ない。


私は姉様より、身の回りのことは出来るだろう。けれど他は何も出来ない。食事の用意なんか出来ないし、暮らしていくにはお金が要る。でも、稼ぎかたが分からない。


「父上を置いて……どこへ…どこへ行くというの……?」


姉様の言う通り、死して誇りを守るか。恥を晒してでも、生き抜いて見せるか。究極の二択だった。


「どこへでも行きますよ。あんたが生きのびられるなら。それが陛下への、想いの返し方です」


泣いている姉様を抱きしめて言うハク。


ああ、そうか。ハクは姉様のことが好きだったんだよな。ならば、姉様はハクに任せれば大丈夫だ。問題は私だ。


『……………ハク。城を出るのだろう?私とミンスも一緒に良いか?』


ミンスは私達の味方だ。取り敢えず、先のことは後で考えよう。城外に出ることが先決だ。


「ここから裏山に出られます」

「ああ」


周りに兵が集まりだした。急がなければ。


「私が引きつけます」

『ミンス!待て!』


兵を引きつけるなんて、それはつまり私達が逃げるために、囮役を引き受けるということ。そんな事をすれば、十中八九殺される。


『馬鹿かお前は!ふざけるな!お前は私達と――――んぐっ』


突然後ろから口を塞がれ、それ以上言うことは許されなかった。止めようと、必死に伸ばした腕もミンスには届かない。


嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ!嫌だ!!


放せ。放せ。放せ。放せ。放せ。放せ!放せ!!


ミンスが笑う。


何で笑うんだ。


哀しげに。寂しげに。


そんな今生の別れみたいな顔をしないで。


「姫様。どうかご無事で」


何でそんな、自分は無事じゃないみたいな言い方をするんだ。


派手な刺繍の着物を頭から被る。


何でそんな事をしている。お前は私達と一緒に逃げるんだ。


ミンスは私達に背を向けて、走って行く。走って行ってしまう。


馬鹿者。そっちは兵が多く集まっているんだぞ。


ハク。止めて。ミンスを止めてくれ。私を羽交い締めにしてどうする。それをやるべきはミンスだ。頼むから。頼むから、ミンスを止めてよ!!


矢が吸い込まれるように、ミンスの背へ刺さる。


私は目を見開いた。見開いて、ただその光景を事実として受け入れるしかなかった。受け入れざるおえない。


『…………悪かった。早く行こう』


ミンスの死を、悟ったら急に頭が冷えた。


何故姉様の様に、涙が出ないのだろう。声も震えていなかった。唇すら震えてない。


やけに冷静になれた。厭に冷静になれた。


悲しいのか、悲しくないのか。


苦しいのか、苦しくないのか。


辛いのか、辛くないのか。


分からない。解らない。判らない。


けれど違う。こんな場面で、笑うということは違う。


私は嗤った。自嘲的に。皮肉的に。


何に対して私は嗤う?


自問に自答は有り得なかった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ