Dream
□第一話 誕生会
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私は深く溜息を付いた。
スウォンとハクは最初、流鏑馬をやっていた。途中からヨナ姉様が、馬に乗りたいと言い出した。その後、姉様がスウォンの馬に乗るだのなんだので、私はその場から抜けてきてしまった。
ようは、三人の和気あいあいとした雰囲気に馴染めず、居心地の悪くなる前に逃げ出したのだ。
昔から人の輪に入るのが苦手だった。歳を重ねた今でも、それは克服できずにいる。
私なんかがいたら、気を遣って楽しめないのではないか?
私は人と話すのが苦手だ。だからきっと、場の空気を悪くしてしまう。
私が居ようが居なかろうが、どちらも大して変わりは無い。寧ろ居ない方が、皆は楽だろう。
なんていう、意気地の無い考えが幾つも脳裏を横切るのだ。溜息なんて、呆れるほど出てしまう。
「名無しさん様。何処に行くんですか」
聴こえてきたのは、知っている人物の声で、同時に今はとてつもなく会いたくない人の声だった。
私は聴こえなかった振りをして、そのままスタスタと速足にその場を去ろうとした。
「無視しないでくれますか。何処に行くんですか」
再度の呼び掛けに渋々振り返れば、私の聞き取った耳が正常であることを、肯定した。
『何処に行くかなど、私の勝手であろう。お前にわざわざ教える義務は無いが?』
「うわっ、凄い嫌そうな顔してますね」
『解っているなら何で来た。大体が、姉様の護衛はどうしたのだ』
敬語のくせしてこの無礼な態度は何なのだ。確かに幼馴染みとはいえ、それは昔の話で、今はお互いに立場というのがある。
私は高華王国の第二皇女で、彼は風ノ部族長であり屈指の将だ。本来ならば、軽口を言い合えはしない。
「今は休憩中です」
ということは、姉様がきっと追い出したのだ。慇懃無礼なこの態度。確かに追い出したくもなるだろう。
『スウォンならこの宮殿にはいない。南の宮殿に居るぞ?』
「違いますよ。あんたに用が在って来たんです」
それには眉を寄せざるおえなかった。どんなに難題ななぞなぞよりも、此方の方が更に謎だ。
私にハクが用事。あぁ、分かった。一つだけ思い当たる節がある。
『ヨナ姉様への贈り物の相談か?』
「違う」
今度は頭を抱える番だった。それ以外に用事?何だろう。私に文句でもつけに来たとか?
『さっさと用件を言わんか』
段々イライラしてきて、少し声を張り上げた。
するとハクは溜息を付く。またそれに、腹が立った。
「遠乗りに行きませんか?」
出てきた単語が、予想外過ぎて驚く。きっとキョトンとした顔をしていると思う。
『良かろう。供を許す。離宮まで私に付き合え』
クスリと笑って言う。上機嫌に答えた。
「相変わらず可愛くない返事の仕方ですね」
折角上がった気分が、今の言葉で急降下する。
『可愛くなくて結構。可愛らしい返答が聞きたければ、姉様の元へ戻ったら良いだろう!』
毎回こいつは一言余計だ。口に小石を詰めて、喋れないように縫ってやろうか。
『それになハク。上の者は上の者らしい態度を執るべきだと思う。そうすることによって、正しい秩序と統治が成されるのだ。だから今更お前への態度を改めるつもりはない』
「また難しいことを考えてたんですね」
『それは馬鹿にしているのか?このぐらい当然の事だ』
きつく睨むが、効果は全然無いのが悔しい。
それにしても、何故私を遠乗りに誘ったのだろう。甚だ疑問だ。
なので、理由を問うてみた。そしたら、呆気ない解答を聞かされた。
「妹分のご機嫌直しに」
『…………口を慎め。誰かに咎められても、私は弁護せんぞ?』
「はいはい」
軽く流されて、苦い顔をする。他人の忠告はしっかり聞いておくものだ。
『五分で用意をしろ』
そう命じて、私は自分の愛馬の頭を撫でていた。
時計が在る訳ではないから解らないが、きっと五分も経たずに戻ってきた。相変わらず良い馬を選んで来る。引き締まった筋肉。黒毛の美しい毛並みと鬣。だが、私の馬程ではないな。
『さて、行くぞ』
自慢の愛馬に跨がり、手綱を引いて駆け出した。顔に当たる風が気持ちいい。
『ハク。お前は姉様に恋慕の情を抱いておるのだろう?伝えはせんのか?』
後の方で馬が、悲鳴にも似た鳴き声を上げた。
『何を馬鹿な事をしている。将軍ともあろう者が、それぐらいで動揺してどうするのだ』
馬を止め、叫ぶ。ハクは落馬しそうになってい事から、如何程の動揺かは簡単に窺えた。あの扱いでは馬が可哀想だ。
『大丈夫だったか?怪我はないな?脚は平気か?』
「普通、馬じゃなくて俺の心配しませんか?」
『お前ならどうせ無傷だろ』
「どうせとは何ですか」
『言葉の通りだ。納得出来ないなら、信頼されているとでも思っていればいいだろう』
私はハクよりも馬の方が心配だ。
ハクが落馬したところで、上手く受け身を取るだろう。重傷でも骨折程度。だが、馬はそうはいかない。脚でも骨折したら、生死の問題に関わる。
『話を戻すぞ。伝えるのか、伝えないのか。どちらなんだ?』
「何でそんな事知ってるんですか。怖いっすよ」
『返答が違う。まぁ応えたくないのであれば構わん。特に興味はない』
「なら、聞かないで下さい。伝える気はありませんよ。スウォン様がヨナ様とご婚約して、王になられて。高華王国をスウォン様と一緒に守っていければいいなと」
『そうか』
その未来の夢は近々、現実となるだろう。そうなった時、私はどうすれば良いのだろうか。
何処かの裕福な貴族にでも、嫁がされるのだろうか。いや、それ以外に使い道が無いだろう。
どちらにせよ、姉様とスウォンとハクの三人の中には入れないだろう。役割が無い私はどうしても邪魔だ。
本日何回目かも分からない、溜息が漏れる。
『姉様に花でも摘んでいこう。手伝え』
離宮には様々な種の花が、それは見事に美しく咲き誇っている。ヨナ姉様の髪に合いそうな色を、端から一本ずつ摘んでいった。
私が摘んだ花は、茎が変な折れ方をしていて無様になってしまった。
『……………お前は本当に昔から器用だよな。どうやったらそんなに綺麗に……………………』
独り言のつもりで言ったのだが、ハクには聴こえたらしく、此方を振り返った。
ハクは近付いてくると、私の手の上に自分の手を重ねて茎を折った。
『何だ?』
「これで力加減が解ったでしょう?」
怪訝な顔で尋ねたが、回答に納得して眉を上げる。
それと同時に、もう一つ納得した。女性にモテるというのはこういうことか。成程、とは思ったが今一良く解らない。
なんていう、下らないことに想いを馳せてみたが、何だか無性にイラッとした。なのでハクに手にしていた、数々の花を乱暴に押し付けた。
おそらくは、女の自分よりも花の扱いに長けていたからだと思う。武芸に秀でて人望も厚い。手先まで器用だ。神様は天才には一物どころか、三物も与えるらしい。誰だ、こんなことわざ作った奴。
『帰るぞ。緋龍城までどちらが速く帰れるか勝負だ。私が勝ったら、饅頭20個用意しろ。不味かったら許さん』
「将軍なめないで下さい。絶対負けません」
『ふんっ。良かろう。お前が勝ったら、姉様と二人っきりになれるよう、私が直々に手配してやる』
ずっこけているハクを置いて、馬を駆けさせた。後ろから狡い等と言っているようだが、知ったことか。先手必勝で私が勝つ。
唐突にハクの言った“妹分”という単語が、耳にこだましてフッと笑みが零れた。
『ほら、此のままでは私が勝つぞ!兄貴がそんなんで良いのか?』
少し後ろにいたハクは、私の隣に並んで来た。クシャクシャと髪をかき混ぜられる。
『おい、私の邪魔をする気だな?こんなことでは、私は負けん』
ハクの手を払い、私が前に出る。負けじとハクも私を越していく。また私が前に出る。その繰り返しで、結局城に同着になってしまった。
『引き……分け………か』
走るのは馬と言えど、乗っているのも楽ではない。寧ろ疲れる。あれだけ走らせたのだ、体力は限界に近い。途切れ途切れの息を落ち着かせようと、努力するが難しい。
目の前のこいつは、平気な顔をして普通に立っているから憎たらしい。此れが一般的運動能力の者と、将軍であり高華の雷獣と謳われる者の違いだろうか。
『ハクはヨナ姉様の元へ行け。私はお前が乗っていた馬も戻しておく。代わりに、花を渡しておいてくれ』
日が沈み、辺りは暗くなってきた。姉様が一人で歩くのには危なすぎる。
ハクから手綱をブン取り、歩き出す。美しい馬に挟まれながら歩けるなんて、私は幸福者だ。
さて、私は五日後のヨナ姉様の誕生会の準備をしなくては。