夢 短め

□君が好き
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『あ、そうだ。明日から10日間、豆の買い出しに行ってくるから』
遅番の昼休憩。
賄いに作ったハムサンドを食べてたら、マスターが唐突に発表。
今思いついたような、マスターの発言は毎度の事。
慣れてしまった。
『判りました。気をつけて行ってらっしゃい』
初めての長期休みだ。
『シロちゃんさ、サンド用の皿が足りなくなってきてるから、吉祥寺周辺の食器屋廻ってみて欲しいんだ。店にあるカップと合いそうな21センチくらいの。あー、系統としては、この感じかな』
皿を一枚持ち上げて見せてくれた。
何して過ごそうかと考える前に、買い出しを言い渡されるとは。
ま、する事ないし、いいか。
『判りました。何枚買いますか?』
『15、20買えたらいいな。この系統でも、マットな感じがいい』
『渋目ですね。マスター、色は?』
『何色でも、柄入りでもいい。これ、5万。今確認して。領収書はカフェ用食器でね』
『はい、5万円あります』
前もって連絡しなかったから、交通費と昼食代に1,000円を10日分支給してくれるそう。
買い出しは仕事なので、通常の交通費とは別に、自宅から吉祥寺等の目的地迄の交通費も支給。
『あ、野菜たっぷりなランチとシロちゃんが可愛いと思う制服があったら、写真お願いね』
犯罪予備軍になれと言われたけど、スルーだ。
メモ用紙を引っ張って、書き込む。
21センチ前後。
モダン、マット。
色自由、柄入り可。
15枚以上、20枚程度。
ベジタリアンなランチの写真。
『可愛い制服が抜けてるよ』
マスターが覗きこんできた。
『うちの店、可愛い系にするんですか?』
私を含めて3人しか雇ってないけど、スタッフの平均年齢は低くない。
『可愛い系は不得意だから、写真で我慢さ』
『アルバム増やし続けてますよね?』
先輩の津坂さんが、冷ややかにマスターを見る。
『誰にも迷惑かけてないんだから、いいんだよ』
迷惑、かけてないかなぁ。
津坂さんも、私と同じ表情だ。
『咲ちゃんはバリスタの講習会でしっかり学んできてね』
『もちろんです。一流のバリスタになって、マスターを超えないと』
津坂さんは29歳の迫力美人。
元はアキバの有名メイド喫茶で、リーダーをしてたらしい。
年齢的な事と、コーヒーマニアが高じて、この店で修行を兼ねて独立準備をしてる。
『僕を超えるには、メイド服を作れないと』
『服は妹の担当です。メイド服を極めるためにアキバ通いしてますよ。将来、二人三脚で倒しにいきます』
『同じ土俵に立つなら、全力で潰させて貰う。覚悟を持って進みなさい』
『伝説を倒して、新しい伝説になります。あ、時間だから上がりますね。白河さん、お先。買い出し無理しないでね』
『お疲れ様です』
津坂さんはカウンターのトレーを整頓して、更衣室へ。
マスターに妹さんが作った髪飾りを自慢してから帰って行った。
コアな店だから、コアな人が多い。
『あの繊細なレース使いは才能を感じさせた。縫い目は粗いが、メイド服愛を叫んでる髪飾りだ。津坂姉妹は本気だね。後進に追い落とされないようなコーヒー豆、出合えるかな。明日から楽しみだ。今日はもう閉めよう。早上がりしていいよ』
遠足前の子供並みにテンションが跳ね上がってるマスター。
店内にお客もいないので、ドアに終了のプレートを提げに出た。
『今日は終了ですか』
『あ』
花宮君と鉢合わせた。
『ゴメンね。マスター浮き足立ってて、営業終了』
『海外行くんですね』
さすが、常連。
『明日から10日間って』
『昨日、来ておけばよかったな』
制服を着てるから、下校中か。
『店が休みなら、白河さん、土日空いてますよね?』
『え……ううん。買い出しするから、空いてないです』
『……残念です』
花宮君は残念そうな顔をした。
何?
デートとか?
無理。
25と高校生なんだから。
人を犯罪者にする気?
『シロちゃん、買い出しの時の飲食代は持つから、金額気にしないで食べていいからね』
『え?』
店内のマスターに振り返る。
『補填分とは別に、現金精算するから、領収を忘れずに切って貰って。野菜たっぷり以外にも、デザートやドリンク、美味しそうなのを見つけたら、好きに頼んで』
『飲食自由ですか?』
私も、10日間の補填分は支給されるのに。
『休み中、さーちゃんと咲ちゃんは自分の用事をしたいって、シロちゃんだけに押しつけた形になっただろ?』
『気にしてませんよ』
『判ってるさ。でも、補填分の昼食代は使わないでいいよ。あ、領収は感想付の写真とセットでしか受け付けないから。シロちゃんの鋭い食レポ、期待してるよ』
『ランチの写真は、買い出しのついでじゃ?』
『買い出しとランチにしたよ』
コロコロ変わるね。
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