夢 短め

□狐の婿入り3
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古い社の扉が、音もなく開き始める。
木造の建物の出入口でしかないはずなのに、空気が違うと判った。
見えてる出入口は異空間なのだと、説明されなくても判る。
花宮に従って踏み出せば、一瞬で視界が狭まった。
闇だ。
足元は見えない。
方角も判らない。
振り返っても、闇。
なぜか、前後左右にいる花宮達だけが確認できる状態。
『光夏、異空間に入った時は、方向を変えずに真っ直ぐ歩けばいい。5分もかからないで管理門に着く』
『かんりもん?』
『異界への出入りを管理してる、税関のような場所だ』
『行きゃ判る』
古橋が教えてくれてるのに、花宮は手を掴んで歩き出す。
『ちょっと。暗いのに引っ張らないで』
『1メートルも離れると、隣の奴も見えなくなるが。光夏には花宮がいるから大丈夫だ』
声が離れた気がして振り返ると、古橋達がいない。
『ね、皆いないけど』
『心配すんな』
花宮が掌の上に炎を出した。
青い火の玉は、かなりの周囲を照らし出す。
『あ、いた』
2メートルくらい後ろに古橋。
山崎はその右横に。
『最初から消えてないよ』
瀬戸を背負った原が、私の右手に頬を擦り寄せてきた。
『怖いなら、耳掴んでていいよ』
気の利く台詞でも、原に言われるとムカつく。
首輪を掴んでやった。
『もう、ツンデレなんだからぁ』
『ここ、毛がもつれてる』
『光夏ちゃんが洗ってくれないからでしょ』
『原が子狐になれないからでしょ』
『人型じゃないなら、洗ってくれてもいいじゃん』
『大きいと毎回洗うの大変だもん』
『花宮ばっか洗って、ズルい』
『洗わないと家の中で暴れるじゃん』
『暴れたら外務局に通報すりゃいいじゃん』
『いつも通報するなって言うの、原でしょ』
『ズルい!』
体当たりされて、花宮に支えられた。
『原。離れてろ』
『やぁだ。あ、管理門だよ、光夏ちゃん』
空気を読まない性質の原は、メンタルが強いと思う。
『あれが?』
見えてきたのは、運動会の貴賓席を思わせる白テント。
門なんて、どこにもない。
辺りに目を凝らしても見当たらないまま、テントに近づく。
中には、修道服を着た女性達が座っていた。
『う、わ』
思わず一歩後退したのは、全員顔がなかったから。
鼻の凹凸さえない。
『どうした?あぁ。のっぺらぼうは初めてか』
軽く言われても、軽く返せない。
幼い頃から、喋る狐が周りにはいた。
色んな物に変化してくれて、妖術も見慣れてる。
自分の霊力が、かなり高いとも言われてきた。
だけど、幽霊や他の妖怪は見た事がない。
当然、のっぺらぼうも見た事があるわけない。
『怖いなら、俺に抱きついてろ』
花宮が笑ってる。
『驚いただけ。先に言われてたら、大丈夫だったよ』
『そうか?』
『その顔やめて』
『イケメンは自分じゃやめられねぇ』
原型が判らなくなるまで、グーで殴ってやりたい。
『出店的規模で管理してるんだね』
『人間界と妖狐国の往き来は、誰もが可能じゃない。この規模で十分なんだ』
古橋が鞄から木札を出した。
『管理門って、24時間?』
『だよ』
原が足に擦りよってきた。
『おい。光夏の服、破くなよ』
『破かねぇよ』
山崎に注意されて、歯を剥き出す原。
『喧嘩しないの』
耳の裏を両手でとかすと、機嫌を直した。
『いゃん。光夏ちゃんがデレてくれた』
『光夏、甘やかすなよ。図に乗るだけだぜ』
『山崎もおいで』
わしわしと腰回りを擦ると、山崎も機嫌を直す。
『光夏ちゃん、テクニシャン』
『もういい。もういいって。花宮に殺される』
狐二匹が、手を甘噛みしてとめた。
『殺さねぇよ』
『『嘘だ。目が怖ぇもん』』
『あ?』
『何でもなーい』
二匹は私の後ろに逃げた。
花宮は古橋と、テントの中に。
『のっぺらぼうは常駐してるの?』
『うん。あいつら、日常生活ないからね』
食事、排泄、睡眠や生殖をしないから、と。
『え。じゃあ、どうやって生まれるの?』
『あー、口説いた事ないから、判んない』
何て理由だ。
『手形を』
『これだ。桃珠と仙水を所持してる』
テントの中で、古橋が木札をまとめて差し出してた。
大層な木札は一枚のみ。
他の木札は、小さなキーホルダー程度の大きさ。
長机の上には、紐で繋がれたシマリスがいて、木札を持ち上げる。
木の実を扱うように、数回くるくると持ち変えると木札が淡く発光。
シマリスは木札を手放した。
大きさに関わらず、全部同じ作業。
同じ動作の後、古橋が受け取った。
『どうぞ、お通りください』
のっぺらぼう達がテントの奥を手で示す。
声帯はあるとしても、口がないのにどう発音してるのか考えてたら、花宮に、ぼさっとしてんなと引っ張られた。
『あ』
古びた鳥居が見えた。

2021.6.7
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