夢 短め

□狐の婿入り2
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『あっ、ヨクルト姉さんだ。光夏ちゃん、ヨクルト買って!』
言ってる側から、道路の向こう側に駆け出そうとする原。
『ダメ。お財布ない』
方向転換阻止のために、リードを引っ張る。
『えー、白ブドウ飲みたいよー』
『買えない。喋っちゃダメ』
『ウー』
『ふはっ、犬のふりして唸っても、買ってくれねぇよ』
『もー、お出かけなのに、何でお財布持ってこないのさぁ』
『おい、原。マジで喋んなよ。人目につくだろ』
『ザキも喋ってんじゃん』
『お前がベラベラうっせぇから』
『あぁ?』
『二人とも、黙らねぇなら人型になれ』
『『やだ。疲れる』』
『ハモるくらい気が合うのに喧嘩しないの』
瀬戸を落としたら大変だ。
『気なんて合わねぇよ』
『俺だって合わせたくないよーだ』
『なら黙っとけ。雉無効にするぞ』
二匹が顔を見合わせて、口を閉じた。
『雉って、そんなに美味しいの?』
私を見上げて頷く二匹。
原さえが喋るの我慢できるほど美味なのか。
『光夏も食べてみたらいい』
『瀬戸。起きてるんだね』
原の背中に積まれてる子狐を撫でる。
でも、その分の返答はなかった。
『寝言?』
『寝てるよ、こいつ。いっつも寝こけて、いい身分だよね』
原が尻尾でバシバシ叩くから、やめなさいとリードを引っ張ってやった。
『花宮、光夏ちゃんが酷いよ』
『大人しくしてねぇからだろ』
『お腹空いてんだもん』
『帰ったら、食えんだろ』
『着くの夕方じゃん。昼夜兼用になっちゃうじゃん』
『妖狐の国にも、朝晩の観念あるの?』
『あるよ。こっちと同じで24時間制』
『時間の観念があるなら、暦の観念もあるんだね』
『でなきゃ、年齢数えれないでしょ』
『あ』
そりゃ、そうだ。
『妖狐の国って、どうやって行くの?』
『神社からに決まってるだろ』
『秋葉台の?』
『桜町の土地しか、妖狐の国に繋がってる場所はねぇよ』
母方の血筋が、代々守らなければならぬと受け継がれてきた神社は、家からは徒歩10分かからない小高い丘。
秋葉台地区にある。
小さな鳥居と、崩壊寸前のお社しかない神社なのに、数万の妖狐が国家を形成して住まう妖怪の地に繋がってるというのだから、容易には信じがたい。
戦後から無人でも、人間や他の妖怪に荒らされないよう、神憑り的な力が強く働いてるレア物件だそうで。
パワースポットだ、なんだとも騒がれないようにもなっている。
『ホントに行っても、死んだりしない?』
『死なねぇよ。お前を死なせる気があるなら、首に噛みついた方が手っ取り早ぇだろ』
確かに。
『一度行ったら、戻ってこられないとか』
『もしそうなら、さっさと連れてってる』
確かに。
『光夏ちゃん、渋谷で最新クレープ食べようくらいの話だよ』
『そうそう。異界っても、空気あっから。不安になるなって』
『通行手形は正規品だ』
『雉は病みつきになると思うぞ』
皆、好きに言ってくれる。
『赤司の臭いがするな』
樹木が目につき出した歩道を登り始めると、花宮が目を細めた。
『また、フリか虹村ん所行ってんじゃね?』
『虹村さん、出張で海外だよ』
『一生、日本に戻らなければいいのにな』
なぜだか、古橋は虹村さんが嫌い。
『あんた達といい、赤司といい。そんなに頻繁に人間界に来るって、暇なの?』
『暇だよ』
『暇だな』
『暇だ』
『……暇だ』
『暇じゃなかったら、来れねぇだろ』
バカな事聞くなって視線を向けられた。
聞くんじゃなかった。
『登るの怠いなぁ』
丘の途中で右の緑道に抜けて、古びた石段を見上げる。
『年寄じみた事言ってねぇで、登れ。国内最大級のマイナスイオン域貸切なんざ、お前だけの特典だろが』
『桜町の人なら誰でもの特典でしょ』
その証拠に、父はここに来ても何の変化も感じない。
清々しいとか、癒される、落ち着くといった感覚は、私と母、祖母の物だった。
『悠香子ちゃんは年寄になっても、毎日登ってたのに。光夏ちゃん、女子高生が負けちゃダメだよ』
悠香子は祖母。
今は、もういない。
小さな時分は、祖母の散歩について歩いて、この石段も日課のように登ってた。
『お祖母ちゃんの頃は、信心深い世の中だったからだよ』
ようやく、女子でも進学や就職。
自由恋愛も許され始めた、日本の成長期だった。
そう言えば、祖母は妖狐国に行きたがってたな。
『光夏ちゃん。リード外してっ』
原が自由にしろと騒ぎ出した。
人目はないから、いいか。
リードを首輪から外すと、原はあっという間に石段を駆け登っていった。
『あ。背中に乗ればよかった』
『お前が乗ったら、原でも潰れる』
デブと貶す花宮を睨み付けてやったのに、涼しい顔をされた。
殴りたい感情を堪え、頂上を目指し、古びた石段を自力で登るのだった。

2021.6.2


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