夢 短め

□君が好き3
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休日、朝から浅草に行ったのは、来週、誕生日を迎える祖父に、好物の佃煮をプレゼントするため。
老舗の佃煮店で、アサリ、牛肉、海苔の佃煮を贈答用として包んで貰った。
その帰り、まさかこの子に会うとは。
『白河さん、買い物ですか?』
男子高生が、土曜の9時20分に浅草って。
渋すぎるよね。
浅草にも、古本屋あるの?
『まぁ。花宮君は、こんな早くに、古本屋?』
『ええ』
あるんだ。
聞けば、駅前に古書モールがあるという。
駅利用で浅草にきたのに、そんなモール気がつかなかった。
『浅草は中々の掘り出し物があるので、吉祥寺と同じくらい歩いてます』
『へぇ……』
この狭い界隈に、古書や古着、レコード店が数件ずつ営業してるそう。
旧き佳き庶民の町は、伊達じゃないわけだ。
『10時開店なので、コーヒーを飲んでました』
浅草には、8時から営業してる喫茶店が二軒もあるという。
『まだ、9時25分だけど』
『もう一軒にも行くので』
朝からはしご酒ならぬ、はしごコーヒー。
若いのに、コアなコーヒー店の常連だけある。
いや、若いのにコア過ぎる。
マスター側の人間って、馴れ合いたくないなぁ。
『白河さんも、一緒にどうですか?』
相変わらずスマートな誘いだ。
馴れ合いたくないけど。
『まだ買い物があるから』
今日の目的は佃煮だったから、他にあれを買うと決めてる物は、実はない。
すぐ帰るか、仲見世をぶらついて帰るだけなんだけど、花宮君と行動するのは不味い。
このイケメンは強か者で、何より高校生だから。
『そんなに警戒しなくても、浅草には健全な喫茶店しかないですよ』
行先じゃなくて、君に警戒中なんだよ。
『白河さんに、飲んでみて貰いたい豆があるんだけどな』
『え』
ああ、もう。
『……どんな?』
『ボリビアのアラビカ種です。香りが鼻孔で弾けるんですよ』
『弾ける……』
『はい』
悔しい事に、この子の情報には惹かれる。
同年代だったら。
『うわ』
『え?』
『あ、や』
いやいや、ないない。
それはあっちゃダメな話だ。
『何でもない。じゃあね』
『白河さん』
離れて、数歩で捕まったのは歩幅の違いだと思う。
佃煮の袋を取り上げる素早さは、なんだ。
そうか、バスケ部だ。
この手の事は、日々練習してるか。
『今日一日、浅草観光のガイドになりますから、ランチを奢ってください』
『は?奢る?』
『ガイド料はランチ代の680円で手を打ちます』
『いやいや。観光しないから』
つきあってなくてもたかりはしないと言ってたくせに。
『もんじゃの美味い店、教えますよ』
『スマホで検索するからいい』
『一人で入れますか?』
この知能犯め。
『デートと思われないように、旗を持ちますよ。ガイドって』
『その方が目立つから』
『もんじゃ、嫌いじゃないですよね?』
『……まぁ』
粉物。
それも、江戸時代からの庶民のジャンクフード。
江戸っ子のソウルフードは、大概の人が好きだと思う。
『ヨーロッパ直輸入のチーズが裏メニューで選べますけど、初来店じゃ頼めないんですよ。残念だな。食べてみて欲しかったのに』
この、確信犯が。
私がチーズ好きなのを見破ってたのか。
『…………コインロッカー、近場にある?』
『ありますけど、この紙袋だけなら俺が持ちますよ。他に、何か大きな物を買う予定ですか?』
『決、めてはないけど、祖父母に、まぁ、目についたお菓子を、買おうかと……』
『なおさら、ガイドが必要ですね。仲見世から、花やしきに抜けましょう。花月堂の試食も、お薦めです』
今日も、まんまとこの子のペースだ。
『返して、自分で持つから』
『この人混みですよ。人にぶつけたら危ないでしょう』
『子供じゃないから』
『俺の方が、この界隈を歩き馴れてますから。行きましょう。ボヤボヤしてたら、ランチタイムに間に合わなくなります』
丁寧なわりに、いつも強引。
嫌味がないのは、彼の性格がいいからか、親の躾がいいからか。
成績優秀で有名なお坊ちゃん高に通ってて、イケメン。
身長も高くて、スタイルも悪くない。
選び放題だと思うのに、どうして私が好きなのか。
『日持ちする物を探してますか?』
『や、何にも考えてない。浅草に来たのも、数年ぶりだから……外国人が増えたね』
『そうですね。昔からの伝統菓子がその場で食べられるから、海外からの観光客が溢れるようになりましたね』
『あれ、その場で食べられたっけ?』
『ええ。あげまんじゅうやきびだんご、メンチカツ、カレーパンが人気ですよ。店直営のイートスペースも増えましたし』
『へぇ……』
そこらでの立ち食いは、仲見世が許してるのか。
マナーが違う外国人観光客が、勝手にしてるとばかり思ってた。
『ここのどら焼きも人気ですね』
『おっきい』

2019.8.2
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