09/08の日記

15:56
暗黒病棟 / シリアス / 不明
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【暗黒病棟】

深夜、カーテンが閉め切られ、蛍光灯の明かりも消された部屋で、医者はその患者へ尋ねた。

「君にとって、この世で最も気持ちの悪い物は、何かな?」

医者の視線の先では、醜く太った肉と、丸々と肥えた顔した、醜悪な人物が、寝具の上に座ったまま嗚咽を漏らしている。
嗚咽を漏らしながら医者を見る患者の表情はどこか虚ろで、本来見えないはずの何かを見ているようだ。
醜く顔を歪めて涙を流す患者は、何も答えない。
しかし医者は、まるで患者の考えを理解しているかのように話を進める。

「……そう、そうだね、それはとても気持ちが悪くて醜いね。じゃあ、醜い物はどうしたらいいか知ってるかい?」

患者はやはり顔を歪めて涙を流すだけで、何も答えようとはしない。
ここまでくると、患者が医師を見ているというのも、少し怪しいものである。
いや、もしかしたら、医師が患者を見ているかどうかも怪しいのかもしれないが、それはとても些細な事だろう。
相変わらず、医者は患者の返答をあまり待たずに話を進めてしまう。

「……うん、そうそう、醜い物は、まず、殺さなくちゃいけない。それから、焼却して、埋葬する。土葬は駄目だよ?火葬じゃなければ、それは、きっとゾンビになって君に襲い掛かる事だろうから。」

医者らしからぬ言葉を口にした医者の、その表情は、患者を嘲笑するようで、実は哀れんでもいるような、不自然な形になっていた。
どうやら、患者にとってのこの世で最も気持ちの悪い物とは、無機物ではなく、何か、生きているものらしい。

「君はこれまでに何度もそれを土葬して、その後、何度も襲われた。そして今回も。」

患者がこの病院に入院した原因は、どうやらそのこの世で最も気持ちの悪く、また醜い物に襲われたことが原因らしい。
医者は、そんな患者の治療に当たっているのだ。
しかし、

「残念だね、君は火葬をするだけの力を持っていない。どれだけ殴ったとしても、どれだけ刺したとしても、火葬しなければ、それは君を永遠に襲うだろう。」

患者が、また嗚咽を漏らした。
元々細いというのに更に細められた両目から、大量の涙が零れている。
医者は、少しだけ患者を哀れむ表情を浮かべてから、溜息を吐いた。
それは、何かを諦めるときの動作に似ている。

「嗚呼、本当に残念だ。君はこの先も、醜い化け物と化した、殺したはずの君に襲われる。その時、君にできる事は、何もない。」

患者の喉が、ヒュッと小さくなった気がした。
叫びにならない、音の無い叫びが空気をほんの僅かに震わせる。
それは病室の外には届かないため、見回りを怠る守衛が気付く事は一切無い。
守衛に気付かせたくば、もっと大きな音を立てねばならないのだ。
とはいえ、守衛に気付かせたところで、守衛はこの事態を一笑するだけなのだろうが。

「そう、君は叫ぶことも忘れた。君の叫びを聞けるのは、もはや僕だけだ。……こうして記録を残す事に、何の意味があるって言うの?」

患者は、やはり言葉を発さない。
音を発したところで、意味が無い事を分かっているのだ。
そう、こうして文字に残す事も、ただ崩壊へとつながるだけなのだと、分かっていない訳ではない。
けれども、私はこうして文字に残すほか、自分で自分に施す事が出来る埋葬の方法を知らないのである。

「馬鹿だなぁ、君は。こんな事をしても、誰も君は抱えられないのに。」

そんな事、知っている、という言葉は、音にしなくてもこの医者に届く。
藤咲 満は、呆れかえった顔で私を見ている。
何度繰り返せば気が済むのか、と言いたげな顔で私を見ている。
それでも私を助けてくれるあたり、コイツはなかなか優しい面もあるのかもしれない、と思ったら、やはり彼はそれを否定するような目で私を見るのだ。


此処は暗黒病棟、つまり私の部屋だ。
私だけしかいない、私だけの部屋だ。
他の誰もいない、私だけの部屋なのだ。

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15:54
この世で最も気持ちの悪い物 / シリアス / 不明
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【この世で最も気持ちの悪い物】

天上に取り付けられた蛍光灯の明かりが消えた部屋で、私はこの文章を綴る。
明かりが付けられないのは、自分が今どのような顔をしているかを、ふとした瞬間に認識してしまうことが怖いからだ。
明かりを点けて、鏡を見れば、鏡の中には私のそもそも醜い顔が、更に醜く歪んだ姿が見える事だろう。
情けなくて不甲斐ない、醜い泣き顔。

もしも今、この場で誰かに、「“この世で最も気持ちの悪い物”はなんですか?」と訊かれたら、私は迷わず「私の精神」と答えるだろう。

初めてそれを自覚したのは、中学一年生の冬だった。
その時何が起こったのか、私はまだかなり明確に覚えている。
友人、と思っていた人間からの、全力の拒絶。
元々私は人に好かれる方ではなく、むしろ嫌われる事の方が多い人間だったが、自分が好きだと思って友人の枠に入れていた人間からの拒絶は、たとえネット上での出来事だとしても、私の中に大きな影を残した。
例え、原因が“距離感を詰め過ぎた私にあった”としても、である。

大きな影はいつしかまるで実態を持ったかのように私を食い散らし、私と影は同一の存在となっていった。
私には常にあの時刻まれた不安の影が付き纏っている。

だから私は中学二年生の時、小学校にいた頃には信じなかった周囲の戯言を、いとも簡単に信じる事が出来たのだ。
私と私が親友だと言っている女子生徒は親友ではない、という周囲の戯言を。
今となっては、その言葉の真偽を確かめる術はないが、実際その女子生徒とはもう別の道を歩いている事を考えれば、私とその女子生徒は、確かに親友などではなかったのだろう。
もしも周囲の言葉が本当で、彼女が私を鬱陶しく思っていたというのなら、私は、何処に何を懺悔すればいいのだろうか。

そんな不安の影に苛まれながらも、私はまだ友人というものを欲していた。
誰かと仲良くなって、誰かの傍にいて、誰かに受け入れられる……今思えば夢物語もほどほどにしろという話だが、本気でそんな夢を抱いていた。
だが、私を食らった影は、それを許さない。
これは過去形ではなく、現在進行形である。

あれから何回繰り返し、あれから何人失った事か。
今度こそは失敗などしない、と思って挑んだとしても、結局は失敗に終わってしまう、それの繰り返し。
どうやら影は私のこの膨れ上がった肥満体の様に膨張を続けているらしく、私の失敗は回数を追うごとに酷くなっていく。
胃から胃酸が上がりつつ心臓が握りつぶされるような息苦しさから逃れようと、私は堤防を築き上げてみたが、こんな時に限って、堤防は相手から壊される。
正直なところ、堤防を壊した事を後悔すればいいと思ってしまう私がいて、そんな私に吐き気を覚える私がいた。

執着心。
それが私の、最大の欠点である。

嗚呼、今回も失敗か。
そう思った時、私の醜い顔は更に醜く歪んだ。

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