【Killer in the School】シリーズ

□短編未満ログ
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【これから終る貴女に捧ぐ私の悔恨】

咲島 薊は嘲る気持ちを隠さぬ口調で未彩に問うた。

「お前さ、旗見の事好いてんだろ?」

唐突な質問に、清上院 未彩は暫し返答する事ができなかった。
未彩の顔は薊の問い掛け――否、指摘に驚愕したと言わんばかりの顔で固まっている。
目を見張ったまま何も反論できず固まる未彩の様子が可笑しくて、薊は口の片端を嫌味ったらしく釣り上げた。
未彩よりも更に目付きの悪い薊の目から伸びる視線が、未彩の開かれた目の奥に刺さる。
望めば眼底さえ見えそうなほど澄んだまま開く未彩の目と、何者の侵入も許さないと言わんばかりに鋭く細められた薊の目は面白いほど対照的で、しかしそれでいて連続的だ。
薊の鋭い目に睨まれながら、未彩はしばらく何もできず驚愕に固まっていたが、やがて何かに気付いたようにハッとした表情を見せると、徐々に頬を赤らめながら、何かを恥じらいつつも抑えきれない感情に突き動かされる乙女のような顔を見せて、声を荒げる。

「……なっ、な……何を急に言い出すんだ!?」

未彩の非常に分かりやすい態度に、薊は殊更意地悪くニヤニヤとした笑みを浮かべた。
それを見て、薊は自分を揶揄って来ている、とでも思ったらしい未彩は何か怒鳴りたそうな顔を浮かべるが、薊には未彩を揶揄っているつもりは特に無い。
証拠に、薊の目は形こそ弧を描いているものの、その弧の奥に見える黒目の中に揶揄いの喜悦は滲んでいなかった。
暗闇のように黒く沈んだ瞳で未彩を観察しつつ、薊は言う。

「お前さ……馬鹿だよな。」
「はぁ!? キサマ、挑発のつもりか!?」

薊の言葉を揶揄い及び挑発と捉えた未彩は、今度こそハッキリと怒声を放った。
そして、未彩は威嚇するかのような強い表情で薊を睨むが、薊は嫌らしくニヤニヤとした笑みを浮かべたまま平然と未彩を見つめ返す。
一触即発、と言えない事も無さそうな、緊張感に溢れる空気が漂う重い沈黙が二人を囲んでいた。
永遠に続き様な膠着状態――その沈黙を、急に真顔になった薊が破る。

「挑発じゃねぇ……本当に馬鹿だと思ってんだ。」

薊が沈黙を破る少し前、未彩は、薊が更なる挑発を仕掛けてきたならもう一度怒声を浴びせてやろう、と考えていた。
しかし、あまりにも真剣で、それでいて暗くて深い穴のような不安感を覚えさせる薊の表情を見た瞬間、未彩の思考回路からはその考えがスルリと抜け落ちてしまっていた。
未彩にできた事は、ある種の恐れを感じながらも薊の顔から視線を逸らさずにいる事、それだけである。
今にも一歩後退しそうな困惑に満ちた表情でこちらを見る未彩を見ながら、薊は言葉を続ける。

「同情に恋情を返すなんて、馬鹿のする事なんだよ。」

度重なる“馬鹿”という言葉に、何か言い返してやりたいという気持ちが無い訳ではなかった。
しかし、薊の言葉――“同情に恋情を返す”という言葉を聞いた途端、未彩は何故か馬鹿に対する反論を行うという気持ちを失ってしまったのである。
そして未彩の脳裏に走馬灯のように蘇るのは、未彩がマサナに惚れた切っ掛けや、その後も未彩がマサナに惚れている理由――罵詈雑言の飛び交う虐めの渦から、未彩を救おうとしてくれたマサナの姿であった。
記憶の中で、マサナは何度も未彩を助けてくれる。
とても快活でクラスの中心的存在なマサナに注意されると、普段未彩がどれだけ怒り返しても罵倒をやめようとしない意地の悪い男子生徒達も、あっさりと罵倒をやめて未彩から離れていく。
普段は先に罵倒を繰り出した男子生徒達の味方をする女子生徒達ですら、口を噤む。
マサナはクラスの中心的存在でありながら、クラスの爪弾き者である未彩を助けてくれた――唯一の味方になってくれた。
それは未彩にとって、嬉しくて嬉しくて堪らない事であり、感謝してもしきれない事でもあり、だからこそ未彩はこの先もマサナを、そしてマサナとの友情を信じていこうと思っているのである。
だが、未彩の胸には何故か薊の言葉が引っかかって、絡まって、上手く取り外す事ができなくなってしまっていた。
不安げに、縋るような視線で薊を見つめる未彩へ、薊は冷淡に告げる。

「旗見から見て、お前はただの“可哀想な同級生”でしかないからな。旗見がお前を助けるのに使った感情は、友情じゃなくて、正義感。……正義感は、相手との間に情が無くとも、一般的な善悪の概念だけ持ってりゃ使えるもんだってのは、お前も分かるだろ。」

その言葉で未彩がまるで息が止まりかけているような苦しそうな顔をしている様子を見ても、薊は無表情を崩そうとはしなかった。
いや、無表情というのは少し語弊があるかもしれない。
薊の顔は形こそただの無表情・真顔と言われるような状態を保ってたが、そこから感じられる空気はは必ずしも無感情では無かったからだ。
感情を映さない薊の顔、しかしその周囲には、軽蔑と嘲笑、そして僅かな憐れみのような空気が漂っているのである。
薊の軽蔑と嘲笑の空気に首を絞められていた未彩は、それらが微かな憐れみに揺らぐ度、必死に息を繋ぐ。
薊は、軽蔑と嘲笑で未彩の首を締めながら、微かな憐れみを以て言った。

「恋情が湧くのは仕方ねぇ事だよ。でもな、やっぱり“私達”は“アイツ等”から見たら唯の可哀想な同級生に過ぎないんだよ。それ以上には、なれっこねぇんだ。……だからお前も、さっさと諦めろ。じゃねぇと……お前が、後々辛いだけなんだよ。」

薊は相変わらず冷たい無表情を浮かべている。
しかし、未彩には何故か、薊が悶え苦しんでいるように見えた。
己の過去を恥じ、消せるものなら消してしまいたいと足掻き、しかしそれは叶わぬ願望だと理解し、唯々後悔に喘ぐ薊の姿が、見えた気がしたのだ。
その薊を見ている内に、未彩の首を絞めていた軽蔑と嘲笑の力は緩んでいく。
その瞬間、未彩は呟くような弱い声で薊に問いかけた。

「……お前は、俺の、未来だという事か……?」
「……お前が私と同じで、旗見もアイツと同じなら、そう言っても差し支えは無しだな。」

少しおどけたような口調で、未彩と“誰か”を嘲笑しながら答えた薊に、未彩は何も言えなかった。
薊の嘲笑が何処か自嘲的に見えたのは、未彩の見間違いでは無いだろう。


End.
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